秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

藤沢周平『風の果て』を読みました

軽輩の部屋住み次男坊から首席家老へ  /  Atelier秀樹

 藤沢周平の小説に惚れ込んで、『用心棒日月抄』『孤剣ー用心棒日月抄』『刺客ー用心棒日月抄』『凶刃ー用心棒日月抄』『橋ものがたり』『本所しぐれ物語』『三谷清左衛門残日録』『蝉しぐれ』『秘太刀馬の骨』などを一気に読んだ。そして、この『風の果て』でとりあえず終了としたい。読んだ藤沢作品の全てに感動したが、『風の果て』は締めくくりにふさわしい名作に思えたので、いつもよりスペースを割いて紹介することにします。

 どうしても書きたいことは、大作家・藤沢周平の小説を読むことができ、また向敏氏の優れた作品解説に触れることができて、とても幸せでした。

 

<『風の果て』あらすじ>Wikipedia から)

 某藩家老の桑山又左衛門が、杉山忠兵衛に勝利して藩政の実権を握った後、野瀬市之丞から果たし状が届いた。野瀬も杉山も、かつては片貝道場で研鑽した仲間であった。又左衛門は、野瀬が果し合いを望んだ意味を慮りながら、若い頃から今に至るまでの長い道のりを思い起こすのであった。

 

NHKテレビドラマ>(木曜時代劇、2007年、全8回)

 ストーリー

 藤沢周平の長編傑作をドラマ化。軽輩の次男坊ながらも首席家老に出世した男の半生を通して、“人生の友”を主題に、“人が人を信じて生きる豊かさ”を、静かに力強く…

 キャスト

上村隼太 / 桑山隼太 / 桑山又左衛門: 佐藤浩市

杉山鹿之助 /杉山忠兵衛: 仲村トオル

寺田一蔵 / 宮坂一蔵: 三浦アキフミ

三矢庄六 / 藤井庄六: 野添義弘

野瀬市之丞: 遠藤憲一

(Atelier秀樹註)

上村、杉山、寺田、三矢、野瀬の五人は道場の仲間。婿入りして上村は桑山に、寺田は宮坂に、三矢は藤井に改姓。この中から杉山忠兵衛と桑山又左衛門が家老から筆頭家老に上り詰めた。小説『風の果て』の主人公は桑山又左衛門。 

 

 <権力の甘い匂い  解説 向 敏>

 お家騒動は時代小説特有の題材のなかでも最も繁く扱われてきたものの一つだが、その頻度のとりわけ多いのが藤沢周平小説の諸作。

 この人の武家小説に登場する諸人物は、たいていが元来藩政などとは縁のない微禄小身の平藩士なのだが、それがたまたま藩首脳間の政争に巻き込まれたり、剣技を見込まれて利用されたりするところから物語が動き出し、武家社会の諸相があぶり出されてくるという仕組みになっている。

 藤沢作品におけるお家騒動は物語の単なるアクセサリーではなく、藩社会という閉じられた空間の中で右往左往する平藩士たちの哀感を、ごく自然に、しかし鮮明に描き出すための契機として、同時に背景として、極めて効果的な役割をになうものであったことが知られる。

 そうしたなかで、同じくお家騒動を扱いながら、それ以前の諸作とはいちじるしく趣を異にしているのが、この巻に収める長編『風の果て』。ここでは、お家騒動そのものが、というよりその実態である藩重職間の権力争いが主題となってい、主人公も権力に程遠い平藩士ではなく、政争のすえに藩政を掌握した人物がつとめることになる。

 

  <小説本文から>(抜粋)

 藤沢周平の小説の文章は何となく魅力的。今回は3箇所から引用します。

 初章「片貝道場」から

 五人はほとんど同時期に片貝道場に入門した仲間だが、身分はさまざまだった。杉山鹿之助は、数年前に失脚していまは藩政から身をひいている家の嫡子で、毛並みという点では五人の中で群を抜いている。そしてほかの四人は部屋住みで、親の身分もさほどに高くはなかった。一千石の上士である鹿之助の家を別格にすると、あとは市之丞の百六十石が最高で、三矢庄六の家に至ってはわずかに三十五石、いま少しで足軽と並ぶところにいる。三矢の親は、国境や留山を見回る山役人だった。

 第6章「町見家」から

 …二人はそのあとものも言わずに漬物で茶漬けを喰ってから「ぼたん屋」を出た。

 外に出ると、月が出ていた。しかしその月は、春の終わりごろのおぼろ月のように白っぽくぼやけていて、歩いているひとの顔もそばに来ないと見わけられないほどに光が弱かった。季節は六月に入って、日中の日射しは暑くなっていたが、梅雨はまだ開けていなくて、夜になると夜気は冷えてくる。ぼんやりした月の光も、まだ定まっていない季節を示していた。

 終章「天空の声」から

 忠兵衛の失点を拾い上げて反撃したのは、正義だった。やましいところはない、と又左衛門は考えていたのである。

 だがはたしてそうかと、又左衛門はいまはじめて、自分の歩いて来た道を怪しみ振り向いているのだった。執政入りしてから足掛け十一年。家老になってからでさえ、六年の歳月が過ぎていた。その間、藩政を担う日日は重くて辛かったかといえば、否である。そういう時期が全くなかったわけではないが、概して言えば、人にこそ言わぬ又左衛門は大方は愉快な日日を送って来た、と言ってもよい。

 その時々の施策を、他の執政たちとああでもない、こうでもないとつつき合い、時には意見が対立してはげしく言い争っても、中身が藩政に関する事柄と思えばその争論さえも楽しく、そこにはかつて知らなかった気持ちの充足があった。

 『風の果て』の結びの文章

 又左衛門は顔を上げた。澄み切った空を震わせて風が渡って行った。冬の兆しの西風だった。強い風に、左手の雑木林から、小鳥のように落ち葉が舞い上がるのが見えた。

風が走るように……。

 一目散にここまで走って来たが、何が残ったか。忠兵衛とは仲違いし、市之丞と一蔵は死に、庄六は……。

 ー 庄六め。

 この間は言いたいことを言いやがった。呆然と虚空を見つめていた又左衛門は、ふと村の方から羽織、袴の数人の村びとがこちらに向かってくるのに気づいた。村役人が家老の巡視と見て、休息をすすめに来たのだろう。

 桑山又左衛門は咳ばらいした。威厳に満ちた家老の顔になっていた。

 

                                              (秀樹杉松 87巻/2470号)2017.10.30      #110