秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

葉室麟『峠しぐれ』 『春雷』『秋霜』を読む。「革命」をもって「王道」をまもる ~『孟子』の<湯武放伐>。経世済民、惻隠の情、忍びざるの心……。

 葉室麟の『峠しぐれ』『春雷』『秋霜』 の3冊を読みました。これで計14冊を読んだことになります。今回の3冊も名作で、感動しました。『蜩之記』『潮鳴り』『春雷』『秋霜』の4冊は、豊後・羽根藩を舞台とする「羽根藩シリーズ」と呼ぶそうです。小説の内容は触れませんが、それを示唆する形の、小説に出てくる儒学の「経世済民」と『孟子』の「湯武放伐を紹介します。 /  Atelier秀樹

 

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 隼人(主人公:家老)が学んだ海保青陵は京や江戸で学び、藩の財政を再建する経世策を唱えるようになった。学問は今の世に用いられるべきものだとして、儒学でいう

 ー経世済民

 世を経(おさ)め、民を済(すく)うのは、理財の道であると喝破した。そして財政の再建策倹約ではなく、殖産興業に努め、国を富ませるものでなければならないとしたのだ。

  藩主の粗衣粗食は見せかけの善政

 経世家の学問に触れた隼人から見れば、兼清(藩主)が自らの衣類は木綿をもっぱらとし、食事も一汁一菜にするなど、粗衣粗食に甘んじることは見せかけの善政に過ぎなかった。さらに、兼清が藩校に江戸から高名な学者を招くなどして賢君の名を高くすることは、体裁を取り繕うだけで藩を豊かにすることには繋がらないと見た。

 隼人の胸中には、口にできない悲しみと憤りがあった。(『春雷』p.165))

 

 しかし、殿が政を行われるのを見ておりますと、質素倹約に努められるのは国許でのみにて、江戸屋敷では贅沢や遊興の費えが減ることはございませんでした。さらに著名な学者を招いて家中の子弟の教育に当たらせるというのも、長続きはせず、入れ替わり立ち替わり、その折に名が知れた学者が参っては、好き勝手なることを述べるだけでございました。さような講義が身につくはずもなく、士風は次第に廃れてまいりました。されど、殿は著名な学者を招いての酒宴をしばしば催され、学者たちの機嫌をとることで、名君の名を江戸にまで広めようとされました。結果、我が藩に残されたのは借銀の山でございました。

 

 殿には、我が子を殺したことを謝って欲しい!

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 殿に我が娘を死なせたことを謝っていただきたかった。なんとしても謝っていただかねば、娘が浮かばれぬと思ったのでございます。……我が娘に済まなかった、と殿が謝ってくださるならば、それがしは直ちに腹を切りまする。一揆は鎮まり、全ては鬼隼人(註=秋霜烈日な隼人はそう呼ばれていた)に責を負わせて、殿の名君の名は保たれるのでございます。なんということでもありますまい。さあ、手をつかえ、頭を下げて、我が娘に謝られよ。済まなかったと。………。(同書p.289~290)

 

孟子』の<湯武放伐

孟子』もまた君主から忌まれるところがあった。『孟子』は<湯武放伐>のことを引いて、「王道」とは何かを説く。中国の夏王朝の末期に暴君の桀王を湯王が討って殷王朝を開き、その殷の最後に酒池肉林に溺れた紂王を武王が討って周王朝を開いた例をもって、新たな王朝を起こすに当たって「革命」をもって「王道」をまもる事があると説いた、これが『孟子』の、

 ー 湯武放伐

である。

 君主に徳がなく暴政を行うならば、これを討つことが許されるという考えは、君主から見れば謀反を唆していることになるのだ。……。

 

 忍びざる心

 臥雲は諄々と説く。

「人には誰しも、忍びざるの心というものがある。古の大王にも忍びざるの心があったからこそ、王道の政が為された。この心を実践して政を行えば、天下が自然とその下に帰すのは、掌上に運らす(註=思いのまま)が如くに当然なのことなのだ。では、忍びざるの心というのは何なのか ー」

 

 惻隠の情

 寂びた声で臥雲は話し続ける。

 忍びざるの心とは、例えば幼児が井戸に落ちようとするのを見れば、誰でも心配して助けたいと思う。その心のことだ。このような、

 ー 惻隠の情(そくいんのじょう)

は自ら生まれるものだ。   

   (註:惻隠=哀れんでかわいそうに思うこと。いたわしく思うこと) 

 惻隠の情が湧くのは、幼児を救って名誉を得ようとか、救わぬことで不評を買うことを恐れるからではない。ひととして自然なことなのだ。自然に惻隠や羞悪、辞譲(辞退して他人に譲る)、是非の心が生じないというひとはいない。

 臥雲の言葉は肺腑を貫くような重々しさに満ちていた。……。(以上、『秋霜』p.166~167)

 

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          『秀樹杉松』91巻2542号  18/1/26  #blog<hideki-sansho>182

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