葉室麟『柚子の花咲く』(ゆずのはなさく。朝日文庫版,2013)を読みました。柚子は九年で花が咲く。葉室麟の小説には珍しく、殺人事件の発生から始まる推理小説でもある。巻末の江上剛氏の「解説」を引用します。「主人公の筒井恭平のまっすぐな生き方が魅力で、ぐいぐいと物語に惹きこまれていく」 / Atelier秀樹」
<小説の書き出し>
→寛永6年(1709)6月、蒸し暑い時期のことだった。瀬戸内の海に注ぐ日江川の上流、鵜の島藩領内の沼口宿にほど近い野伏の河岸で近くの百姓が武士の遺骸を見つけた。…財布が盗まれていたが、肩に背負った荷の中に道中手形などは残されていた。それによると、武士は隣国日坂藩の郷学、青葉堂村塾の教授であることがわかった。
郷学とは各藩が武士だけでなく百姓、町人も勉学できるように藩校とは別に開設した学問所だ。
→宿場役人は(殺された)武士について、ー 牢人、梶与五郎 と藩への報告書に記載した。
→日坂藩士、70石の郡方筒井恭平は3年ぶりに江戸から帰国し、勘定方90石の友人穴見孫六に会っていた。。二人とも22歳の若者である。
<村塾・藩校時代の恭平と孫六 / 先生は与五郎>
→青葉堂村塾は15歳までという決まりになっており、武士の子はその後、藩校に進んだ。藩校では毎年、春に試験を行って席次を決めていた。恭平と孫六が試験を受ける年齢になると、与五郎は朝早くから夜遅くなるまで熱心に勉学させた。…与五郎はそれまでになく叱咤して子供たちに勉強させた。
勉強に身を入れた成果があがったのか、試験を受けた恭平と孫六はなんとか上位10人の席次に滑り込むことができた。…与五郎は白いにぎりめしを用意して待っていた。二人が報告すると与五郎は目に涙を浮かべて喜び、皆で笑いながらにぎりめしを食べた。
→「あの時は楽しかったな」「ああ、皆が喜んでくれたから嬉しかった」孫六は感慨深げに言った。そして、「先生がよく言っておられたことを覚えているか」「なんだ」
「桃栗三年、柿八年 ー 」「柚子は九年で花が咲く、か」 「梨の大馬鹿十八年とも言われたぞ」孫六はくっくっと笑った。
桃や栗は三年で実をつけ、柿は八年かかる。柚子は九年で花が咲くとは百姓たちが言い習わした言葉だ。
<ストリー>
少年時代の恩師が殺された事実を知った筒井恭平は、真相を突き止めるため命がけで敵藩に潜入するー。感動の長編時代小説。(出版社の解説文)
<土壇場>
→斬るとなれば皆殺しにして何があったのかわからなくする以外にない。兵部の目に殺気が宿った。恭平は青葉堂から広場に下りると、兵部の前に立った。
「柚子は九年で花が咲くと先生はよく申されました」「柚子だと…」何を馬鹿なことを、と言いかけた兵部は何かを思い出したかのように押し黙った。…恭平は静かに言った。
「われらは先生が丹精を込めて育ててくださった柚子の花でございます。それでもお斬りになりますか」
恭平の後ろには、おようや子供たちがいる。まわりでは儀平や百姓たちが兵部を見つめていた。兵部は恭平の言葉を目を閉じて聞いた。しばらくして頭巾を取ると、…青葉堂に向かって頭を下げ、兵部は踵を返して青葉堂を後にした。武士たちも兵部に従い、広場から出て行った。子供たちが、わっと歓声をあげて恭平を取り巻いた。
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『秀樹杉松』91巻2546号 18/2/4 #blog<hideki-sansho>186
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