秀樹杉松

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橋下徹『沖縄問題、解決策はこれだ!』を読む(4)「基地問題は沖縄戦から始まっている」

34歳・関脇玉鷲が初優勝

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       ↑ 記事と写真は 今日(2018.1.28) の朝日新聞朝刊から

 貴景勝が優勝したら、いつものように「ニッカン」「スポニチ」「スポーツ報知」を買いに、コンビニに走るつもりでしたが、手元の「朝日」の記事を自分で撮影しました。

 玉鷲関、おめでとう!涙が止まらない姿を見て、私も嬉しくなりました。第二子誕生の喜びも重なったんですね。横綱大関の現状を考えると、貴景勝玉鷲時代 の到来を期待したくなります。

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(今日の本題に入りましょう)

 橋下氏の本は、説得力と迫力があるので、下手な私の文章よりは生の声(筆)をお届けします。4回目の今日は、沖縄戦のことです。どうぞお読みください。 / Atelier秀樹

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⚫︎基地問題沖縄戦から始まっている

 1945年(昭和20年)3月26日、米軍の慶良間(けらま)諸島上陸作戦に始まった沖縄戦は、8月14日のポツダム宣言の受託を受け、日本が敗戦処理を進める最中も戦争状態が続いており、日本軍の武装解除がなされたのは9月上旬だったと思います。

 

 ところで、米軍の沖縄上陸作戦の主たる目的ですが、当初から米軍基地の構築と決まっていました。ですから沖縄戦の最中に、日本軍の港湾を占領したり、日本軍の飛行場を整備・修復したりしています。飛行場は、九州以北の日本爆撃のための出撃基地となりました。さらに基地拡大(住民を難民収容所に隔離し、集落や田畑、山林原野などを接収)が進められたことは、皆さんもご存知ですね。

 

 今日にいたる沖縄の基地問題はこうして、沖縄戦からすでに始まっているわけです。こうして米軍による沖縄での軍政が着々と敷かれ、沖縄の皆さんの土地は軍用地として接収されてしまった。1946年になると、沖縄群島では、軍政地区の廃止にともない、戦前の市町村が復活し、沖縄民政府が発足します。しかし議会には立法、予算の権限が与えられておらず、実質、米軍政府に統治されるかたちでした。ひどい話ですが、こうして米軍の沖縄基地化が着実に進められていったわけです。

 

 当時の米統合参謀本部は、この頃から沖縄という地は、グリーンランドアイスランドニューファンドランド島などとともに、アメリカにとっての最重要基地と位置づけ、排他的戦略的支配の地としたのです。沖縄戦では沖縄の人々の多大な犠牲とともに、米軍もまた、多くの痛手、損害を被ったことは言うまでもありません。そうした米軍の犠牲を無駄にしないためにも、沖縄を米軍の世界戦略拠点とする必要があったし、日本の再軍備化を防ぐためにも米軍による沖縄統治が是が非でも必要だったということだと思います。

 

 そればかりではありません。第二次世界大戦後の、アメリカとソ連のいわゆる「冷戦」が、1948年の韓国と北朝鮮という朝鮮半島の分断、49年の中華人民共和国建国、50年から始まる朝鮮戦争によって表面化し、沖縄が重要な軍事拠点として機能しました。

 実際、朝鮮戦争では沖縄が米空軍の出撃地となっています。共産圏に睨みをきかせる極東地域における米軍の砦のごとく、沖縄という場所が捉えられていたことは確かでしょう。

 

『秀樹杉松』103巻2792号 2019.1.28/ hideki-sansho.hatenablog.com #432