坂学会入会と同時に、「坂研究まねごと」と題して、坂研究の権威・横関英一氏(1900-76)の名著『江戸の坂 東京の坂』の勉強を始めました。
横関氏の業績と、坂(道)についての初歩的な知識をを多くの方に知っていただければと、私の読書メモの形でブログに投稿してきましたが、今回の「急坂を意味する坂名」でおしまいにします。このシリーズのラストですので、坂の写真を多めに掲げました。特に「男坂」は6つの神社のものを集めました。面白い内容ですので、ぜひお読みください。これまでのご愛読に心から感謝を申し上げます。 / Atelier秀樹
昔から坂の名というのものは、一般には、長い坂だから長坂、大きい坂だから大坂と簡単に名付けられたもので、この伝で行くと、急な坂は急坂と名付ければそれでよいはずだが、急な坂の場合に限って、単なる急坂という固有名詞の坂は、江戸時代には見当たらないようだ。特に江戸っ子は、そんな名のつけ方はしないようだ。
<永坂(長坂)> 東京都港区
第3回秀樹杉松坂めぐり(2017.11.25 写真:Atelier秀樹)
<大坂>
目黒区の 旧大坂
第76回秀樹杉松坂めぐり(201.9.5 写真:Atelier秀樹)
目黒区の 大坂(玉川通り)
第76回秀樹杉松坂めぐり(2018.9.5 写真:Atelier秀樹)
<胸突坂>
江戸時代の坂で急坂を意味する坂の名としては、一番多いのは高坂(たかさか)で、次は胸突坂(むなつきさか)である。胸突坂は急坂を登って行く時の格好から名付けたものらしく、なかなか表現がうまい。地方の坂には、這坂(はい坂)または髭摺坂(ひげすりざか)というのがあるが、これも急坂を上る時の形容で、胸突坂と同様に、うまい坂の名だと思う。
胸突坂(文京区本郷)
第20回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.3 写真:Atelier秀樹)
胸突坂(文京区西方2丁目/白山1丁目)
第22回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.10 写真:Atelier秀樹)
第91回秀樹杉松坂めぐり(2018.10.12 写真:Atelier秀樹)
<尻こすり坂>
急坂を登って行く時に、胸をつくという形容もうまいが、手足をついて四つんばいに這って行く形や、あごひげを坂に擦りつけながら急坂を上っていく形容もよい。また地方の坂には、坂を下って行く時の急坂の形容として「尻こすり坂」というのもある。これもなかなか面白い。
<編注>江戸・東京の坂には出てきません。地方にはあると横関氏が書いてあるので、ネットで調べたら、確かに横浜市には「尻こすり坂」がある。また横須賀市には「尻こすり坂」という地名があり、「尻こすり坂通り」、バス停「尻こすり坂下」「...坂上」があるそうです。
<男坂>
江戸には上る時の坂の名、胸突坂だけで、下る時の坂の名がない。尻突坂などといってもいいと思うが、坂を下る前に急坂を避けている。川柳にも、「男坂下りかけてみてよしにする」などと本音をはいている。そこで、もう一つ急坂には男坂も加えるべきだと思う。石段の坂で、急な坂といったらこの上なしである。往きにはなんとか男坂を上ったが、帰りには男坂をやめて、女坂(これは緩やかな坂)を下りていくということなどである。「下り坂帰りに見れば情けなし」、「男ざかりの女坂ゆく」などという句もある。
第15回秀樹杉松坂めぐり(2017.12.16 写真:Atelier秀樹)
第17回秀樹杉松坂めぐり(2017.12.19 写真:Atelier秀樹)
穴八幡の男坂(新宿区)
第24回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.18 写真:Atelier秀樹)
第91回秀樹杉松坂めぐり(2018.10.12 写真:Atelier秀樹)
第93回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.16 写真:Atelier秀樹)
第115回秀樹杉松坂めぐり(2018.12.19 写真:Atelier秀樹)
<団子坂(だんござか)>
本郷に団子坂という急坂がある。昔、この坂のそばで団子を売る店があって繁盛したので、この坂を団子坂といったのだと説明されている。団子坂と言う名の坂は、江戸時代には三、四ヶ所あった。そしてみな急坂で、とにかく転びやすい坂であった。大きな坂は転びやすかった。昔の坂は、今日のようにコンクリートやアスファルトの坂ではない。土と砂利とで固まっている坂路は上等の方であって、ほとんどの坂がでこぼこの、それこそ於多福坂(おたふくざか)であった。団子坂と言うのは、足場が悪くて転びやすく、転ぶと団子のように転がると言う他愛もないことから名付けられたものらしい。
団子坂(文京区千駄木)
第23回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.15 写真:Atelier秀樹)
<炭団坂(たどんざか)>
これと全く同じ意味を持った坂に、炭団坂(たどんざか)と言うのがある。これは最も悪い結果になる坂で、雨上がりに、ここで転ぶ人の形容からきた名であろう。転んだ後で炭団(たどん)になる、転んで泥だらけになってしまう坂名である。この炭団坂も、昔の江戸には二、三ヶ所あった。みんな裏道の、じめじめした、雨上がりには、いつもぬかっているような坂である。
第104回秀樹杉松坂めぐり(2018.11.13 写真:Atelier秀樹)
<梯子坂(はしござか)>、<立爪坂(たてつめざか)>
梯子坂(新宿区東大久保)
第86回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.1 写真:Atelier秀樹)
立爪坂(たてつめざか)(別名芥坂)文京区湯島
梯子坂もその形からいって、すでに急坂を意味している。それから、立爪坂という坂も急坂を意味するするように思われる。立爪というのは、「爪立ちする」「爪先で歩く」という意味で、食う坂を上っていく姿勢を考えたい。坂を上るにはつま先で上るのが普通で、かかとを地に着けていては、急坂は登れない。そんな意味であろう。
第19回秀樹杉松坂めぐり(2018.1.1 写真:Atelier秀樹)
..........................................
『秀樹杉松』103巻2796号 2019.1.30/ hideki-sansho.hatenablog.com #436