秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

3.11慰霊と先祖墓参の旅を終えて ~中学時代の教師と感激の再会。生徒・教師が一丸となった「新制中学校づくり」を思い出しました。

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4月8日から10日にかけて、東北地方へ行って来ました。直接には「急用」ができたからですが、先祖の墓参と、3.11東日本大震災の慰霊、被災地・被災者へのお見舞い、の旅でもありました。これについては既に、本ブログ『秀樹杉松』の前号(4/13)と前々号(4/12)へ投稿済みですので、お読みくださった方もおられるでしょう。

実を申しますと、ブログに書かなかった大切なことがありました。それは、中学校時代に教えを受けた恩師にお会いできたことです。懐かしさを通り越した、感激の対面でしたので、どうしてももう一稿を起こすことにしました。68年ぶり?の師弟の感動的な再会の記録です。

戦後の学制改革によて、昭和22年に義務教育の新制中学校が誕生しました。しかし当初の何年間は校舎もなく、中学校は小学校に併設され、小学生が下校した後の教室を中学生が使うなど、大変な思いをしました。新校舎ができたのは、確か中3(もしかして中2?)の頃だったように思い出します。新しくできた校舎に、先生も生徒も一体となって、学校づくりに励んだものでした。

今回久しぶりでお会いした中学時代の恩師:古舘久功先生は、2年ばかり前に田舎の神職六十二年 思い出づること』という著書を出版されたばかりで、私に寄贈してくださいました。帰京後早速読みましら、「晴山中学校奉職時代を想う」の項に、次のような文章があります。

→「生徒会の活動も活発になり、当時の〇〇〇〇生徒会長から「校旗をほしい」と、申し出があった訳です。「二万円も校旗に出すより、クラブで使用する物が欲しいのでは?」と、話した処 「学校のシンボルが先である」といい、全校生徒が栗拾いをやり、見事購入された校旗。すばらしい事だと称賛した次第であります。

つまりは、新校舎が完成し、新制(新生)中学校が本格的にスタートするに際して、まず何を優先して備えるか、が問題になったのでした。学校側(校長先生)と生徒会の意見が一致しなかったのです。実は「〇〇〇〇生徒会長」は私だったので、よく覚えております。古舘先生がお書きになっているように、生徒会は校旗と校歌が大切と考え、校歌はできていたので、校旗の作成(購入)を優先すべきだと主張し、図書などを揃えたいとする学校側と“対立?”したのでした。

さて、私も今から12年前の平成19年(2007年)3月に、自分史の最初として『子供の頃の想い出』を書きました。<晴山中学校の時代>の項に、次のような文章を認めています。

→「中学校入学は昭和24年4月だった。校舎がないため、最初は小学校の低学年の教室を使用した。小学生が帰ってからということで、午後から授業を受けた記憶がある。机の高さが低いため、膝の上に乗っけて勉強した」

→「校舎は確か、2年生の時に完成した。場所が遠くなったので、通うのは大変だった。校長先生が、新校舎を期して図書を購入したい意向だったが、生徒会長の自分は未だ校旗がないので、先ずは校旗の作成を、と逆提案してそれが実現した。

:校舎の完成時に私が中二だったか中三だったか、今となっては自信がありません)

70年近くも昔のことなので、「記憶にございません」部分もありますが、校旗の作成(購入)を主張した生徒会は、自分たちで栗拾いをやって稼いだお金を校旗購入に充てたのでした。そのことを先生はご著書で「全校生徒が栗拾いをやり、見事購入された校旗。すばらしい事だと称賛した次第であります。」と記述されておられるのに、正直びっくりしました。学校側の提案に反対して校旗を購入させた経緯に照らし、生徒会、その会長だった私は学校側に嫌われたのかと思っておりましたが、「すばらしい事」と評価されていたとは!

以上でお分かりのように、新制中学校の新校舎の完成は、学校当局(諸先生)だけでなく、当然当時の生徒たちに大きな課題を突きつけたのでした。私は生徒会長として、先生・生徒一丸となって自分たちの中学校づくりに当たるべきだと考えました。そのためには、教師・生徒の立場を踏まえつつも、その違いを超えて、「新しい中学校を創建する」、すなわち共同して「新たな歴史をつくる」。、、、もちろん今だからこそ、このように理論化できるが、中学生の頃どこまで分かっていたかは不明ですが、学校側・先生方と一緒に「新制中学校の歴史づくり」に参加できたのは、本当に幸せな事でした。

 

今回の東北行きは、如上の成果をも含む有意義な旅でした。

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『秀樹杉松』105巻2838号 2019.4.15/ hideki-sansho.hatenablog.com #478