本ブログ『秀樹杉松』前号で、大田南畝の『改元紀行』の年の享和元年(1801)に言及しました。
ところで、4月の新元号発表前の1ヶ月余は、「新元号は何になるか」が注目され、多くの報道がなされました。これで、今年の流行語大賞は「新元号」に決まった?感じでした。
昭和から令和へと「○和」の元号が連続し、1世紀ちょっと前は享和であったことに因み、元号に「和」が付くのが多いようだと考え、ウイキペディアで調べてみました。その結果は「和」のつく元号は20確認できました。
和銅(708)、承和(834)、仁和(885)、王和(961)、安和(968)、寛和(985)、長和(1012)、康和(1099)、養和(1181)、正和(1312)、貞和(1345)、文和(1352)、永和(1375)、弘和(1381)、元和(1615)、天和(1681)、明和(1764)、享和(1801)、昭和(1926)、令和(2019)
「和」が前に来るのは冒頭の「和銅」だけで、他の全部は「○和」というように後ろにきます。「和」がこれだけ多用されているのは、やはりこの字義、意味からきているのでしょう。また、「しょうわ」が、三つ(承和・正和・昭和)あることも分かりました。
備え付けの漢和辞典etc. ↑
「和」は漢和辞典によって説明は多様ですが、「やわらぐ・やわらか」、「なごむ・なごやか」に収斂されるようです。なるほど、昭和の次が令和となるのも宜(ムベ・ウベ)なるかな。
今回調べて「おや?」と感じたことがあります。それは「和」の解字・原義です。私はこれまでは、和は「禾へんに口」だと思っていました。禾偏は実った穂が垂れ下がる意味なので、それと関係すると思い込んでいたのです。
調べて驚いたことに、何と!「和」は禾偏ではなく、口部の漢字で、元の字は、口(左側)+禾(右側)となっているのです。手許にある三つの漢和辞典等の記述は、次の通りです。
<角川漢和中辞典>
形成語。禾カが音を表し、加えるの意の語源(加)からきている。人の声に応じて合わせることを原義とする。ひいて、心を合わせてやわらぐことの意。「口+禾」は本字。
<学研漢和大字典>
禾は粟(あわ)穂のまるくしなやかにたれたさまを描いた象形文字。窩カ(丸い穴)とも縁が近く、かどだたない意を含む。和は「口+音符禾」の会意兼形成文字。口+禾は、和の異体字。
何だか、両辞(字)典で違いますね。共通しているのは、元の漢字は「和」ではなく、口+禾(口が左で、禾が右)だということです。その場合でも、その字を角川は「本字」だとし、学研は「異体字」だとしています。また、「和」を角川は「形成語」とし、学研は「会意兼形成語」としており、漢和辞典の説明・解字は意外と違いが見られるようです。
何れにしても、「和」はいい漢字にはちがいなく、20回も元号に登場するのは納得できます。
最後に手元の「字統」を、念のために見たら、こう書かれています。
→ 会意。禾(か)と口とに従う。禾は軍門に立てる標識で、左右両禾は軍門の象。口はさい、祝祷を収める器で、この字においては軍門で盟誓し、和議を行う意である。故に和平の意となる。
(注:ここでは「平和」「和平」の意味ですね。)
それにしても、同じ漢字でも、辞典等によってこうもニュアンスが異なるものですね。ですから、私は漢和辞典の類は、複数備え付けております。
『秀樹杉松』106巻2842号 2019.4.22/ hideki-sansho.hatenablog.com #482