(撮影:Atelier秀樹)
「秀樹杉松」前号のように、私は練馬区のうたごえ/音楽教室「ふらっと b おんがくたいむ」(長嶋真美女史主宰)へ時どき行きます。会場は2箇所で、西武池袋線の大泉学園駅と石神井公園駅の近くです。ところで、人生には「縁」が付いて回るようですね。
私は6年前(2013年)の川歩きで「白子川」を二日かけて歩きました。白子川は練馬区の「大泉井頭公園」を水源として北東に流れ、練馬区と埼玉県和光市、さらに板橋区と和光市の間を北上し、新河岸川に合流する一級河川です。練馬区の大泉町、東大泉、西大泉、南大泉、大泉学園町が白子川の上流域にあり「大泉学園」駅もあります。
東京に60年以上住んでますが、「大泉学園」駅で下車したのは、白子川歩きの初日に水源の「大泉井頭池」の井頭公園へ行った時が初めてでした。白子川歩き前のにわか勉強で、「大泉」と「大泉学園」を調べました。その時のビックリは今も覚えており、川歩き紀行「親川記」に書いたことを想い出だしました。「大泉学園には縁がある」と思われるので、改めてとり上げます。
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1)明治24年(1891)に「大泉村」が近隣地域の合併で誕生しました。その時地元では(小学校長の提案もあり)「水源とした小井戸川(現白子川)を挟んで広がる新たな村が、湧き水のごとく絶えることなく発展するように願い」、小井戸川の「小」と井頭池の「泉」から、小泉(オイズミ)村と命名することに決定。(注:オイズミはコイズミの誤植にあらず)
2)新しい村名を小泉村(オイズミむら)と提案したが、東京府の役人が「オイズミむら」だと「大泉村」(オオイズミむら)と間違えられることもありそうだ、と受け付けなかったそうです。
3)東京府庁から却下されたこともあり、「小」よりは「大」の方が発展性もあるということで、混乱の恐れのある小泉村(オイズミむら)を諦めて、大泉村(オオイズミむら)にすることになったそうです。小泉村から大泉村への急転換です。
4)小泉は普通はコイズミ(小泉首相を連想)と読むが、オイズミとも読むんですね!私はこのことに先ずびっくりしたのです。よく考えたら確かに、小山市(栃木県、オヤマし)と小平市(東京都、コダイラし)は読み方が違います。小林・小森・小牧・小平は「コ」が普通ですが、小沢・小川・小渕・小野寺・小笠原は「オ」が普通ですね。名前の場合は「オ」が結構多いのに気づきます。
5)西武池袋線「大泉学園」駅名から、駅近くに「大泉学園」という学校があるだろうと判断して、地図で確認しました。明大前・東大前・駒場東大前・成城学園前・都立大学・学芸大学・駒澤大学・都立家政などの駅名があるからです。しかし見つかりませんでした。慌てて調べたら、これまた驚くべき歴史が隠されていることを知ったのです。「大泉学園」は最初から存在していなかったのです。
6)調べたら、大正13年(1924)開通の武蔵野鉄道の「東大泉」駅が、昭和8年(1933)に「大泉学園」駅と改称されていることがわかりました。駅名改称の動機(理由)は、次のようでした。
→ 当時の東京高等師範(→東京教育大学→筑波大学)か東京第一師範(→東京学芸大学)を誘致し、学園都市として開発する計画をたてたのでした。その準備として、
①東大泉駅を大泉学園駅と改称、②大泉町に加えて大泉学園町を作る、、、などでした。
7)しかし、この遠大な学園都市建設の構想は実現しなかったのです。だから、予定した学園の招致は実現しないまま、先行した「大泉学園駅」「大泉学園町」は残っています。そんな歴史経緯を全く知らない私が、「大泉学園ってどんな学校だろう?」と調べようとしたのは、本当に恥ずかしい限りでした。
8)高等教育機関の招致が実現できなかった地元の無念は、察して余りあります。しかし、地元大泉地区の「学園都市」への夢は、その後も追い続けられたんでしょう。
地図を開くと、大泉学園の南側の東大泉5丁目には、東京学芸大学附属大泉小・同附属高大泉校舎、同附属国際中等教育学校など、学芸大学付属の小・中・高ができています。
9)その東には、(1941年に東京府立第二十中学校として設立された)都立大泉高校があります。「ふらっと b おんがくたいむ」(練馬区)の長嶋真美先生によれば、「人気校として君臨」の由。調べたら、有名人も輩出してますね。今をときめく大臣加藤勝信氏(ポスト安倍の一人?)、大物政治家亀井静香氏、フリージャーナリスト池上彰氏をはじめ、アナウンサー、音楽家などの名前が見えます。なお、2010年には付属大泉中学校も併設。
10) 大泉学園駅の北側から「大泉学園通」が真っ直ぐ北へ延び、東大泉には練馬区立大泉小と中、大泉学園町には練馬区立大泉学園中と小があります。(注:大泉学園小・中の「大泉学園」は地名で、学園名ではありません)
如上のように、所期の大学誘致による学園都市は実現しなかったものの、伝統ある都立大泉高校・付属中、そして学芸大付属小・中・高などに見られるように、「大泉学園」という駅名や町名に恥じない学園町になっていることは確かで、その点はきちんと評価されるべきでしょう。
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『秀樹杉松』108巻2883号 2019.6.20/hideki-sansho.hatenablog.com #523