秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

帚木蓬生『安楽病棟』を読み、終末期医療、安楽死問題を考える。

 ブログ『秀樹杉松』前号で、劇団青年座の公演「安楽病棟」観劇記を書きました。会場の本多劇場に行く前に図書館に立ち寄って、芝居の原作本『安楽病院』(帚木蓬生著)を借り出しました。本は観劇を終えて帰宅後に読みました。つまり、青年座の芝居を観た後に原作を読んだことになります。この逆順が多いように思いますが、今回はそう言う展開になりました。/ Atelier秀樹

 

 私は「安楽病棟」の詳しい内容を、前以ては知りませんでした。もちろんタイトルから一定の想像はしていましたが。公演終了後の「アフタートーク」にも参加して、脚本家と演出家のお話を伺い、前号で紹介しました。その時のシライケイタ氏(脚本)のお話を聞いて、原作とは異なる内容になっている箇所があることを知りました。原作を読んでいないので、よくは分かりませんでしたが、終局の屋上から美しい夕焼けを見ながら、城野看護師(小暮智美さん)香月医師(石母田史朗さん)を「許せない」と“告発”する場面も指しているようでした。

 図書館から借り出した原作本を読み終えました。私としては、本を読む前の観劇で結果オーライだったと思っています。これが逆だったら、予備知識があり、しかも原作と異なる場面などが気になったと思いますので。その代わり、100%理解できなかった面はありますが、アフタートークとそれに次ぐ原作本読みで、完全納得できたのですから。

 帚木蓬生氏の『安楽病棟』は30章からなり、痴呆病棟内の日常風景が描かれています。そのなかには私の知人永幡洋氏が演ずる「校長」もありますが、最後の方に「急変」「死滅回遊」「動屍」の章も登場します。なにやら深刻そうなタイトルですね。

 

 「死滅回遊」章の中に、香月医師が城野看護師の質問に答える場面がある。

→「(カクレクマノミという生物は)冬になると、どうせ死ぬ運命にあるらしいんだ。友人の話では、もともと熱帯魚の卵や稚魚が黒潮で運ばれてきたものだそうだ。それがたまたま、日本列島の太平洋岸で成魚になり、居座っているわけ。大部分は冬を越せないが、暖冬だったら、翌年まで生きていることもある。魚としては自分の生息範囲を広げるために、死ぬと分かっていながらそうやって回遊しているのだという。何千年、何万年前からね。それが死滅回遊

 

最終章「動屍」(どうし)

 さて芝居では、屋上で美しい夕焼けを見ながら、二人が会話(看護師が医師に「許せぬ」と告発)しますが、脚本家が話したように(原作を読んでない私には明確には理解できなかったのですが)、看護師が医師宛の手紙を書いて一週間の旅に出ます

→「この手紙が先生の許に届く日、私は一週間の旅に出ているはずです。どこに行くかは病院の同僚にも話していませんし、家族にも知らせていません」「わたしがこうして先生に手紙を書くのは、先生に決意を促すためです。本来ならば、面と向かって先生を問い詰めてもよかったのです」

「結局その方法を取らなかったのは、先生にさらなる罪を重ねて欲しくなかったからかもしれません」

→これまで先生が繰り返してきた行動と、私を殺害するという行為は、いくらか次元が異なるものです。これまでの行動には、先生自身の信念なり心情がからまっています。しかし、わたしの殺害は、そういうものとは異質の、単に証人を消すための殺人になります」「確かに、私がいなくなれば、この事件は闇に葬られます。私一人しか告発者はいないからです」

「わたしは先生にありきたりの連続殺人者になってもらいたくはありません。先生が俗っぽい殺人者になっては、亡くなっていった患者さんたちも浮かばれないと思うのです」「八人が八人とも、誰からも疑念を持たれないまま亡くなりました。すべては先生の計算通りに行われたのです。ただひとつ、わたしという存在を除いては、です」

 

<編注>更に私(Atelier秀樹)が驚いたのは、「終末期医療研究会会長」名(4月5日付)による、香月医師への手紙が発見されたことです。

→「過日ご注文いただいた薬品は別便にて送付致しました。お手元に届き次第、同封の受領書にご署名の上、ご返送ください。なお、先般の理事会でも申し合わせた通り、薬品使用後の経過については、各症例毎に直接私宛にご報告下さいますよう重ねてお願い申し上げます」

 

看護師の手紙

→「この手紙には、具体的にどんな薬剤を送ったかは書いてありませんが、4月5日という日付からして、おそらく先生がその後使用することになるアンプルやカプセル、座薬ではないかと思うのです。そして三枚川病院と同じような行為が、他にも数カ所の施設でなされていることも、当然想像できます。」

→「わたしはいつか先生が口にした言葉を思い出します。痴呆患者というのは、もう一種の屍だという人間もいる。屍、つまりカダーヴァー、それが動くから、ムーヴィング・カダーヴァー、動屍。君はどう思うかね、と先生はわたしに鋭い視線を向けました」

→「そして先生。たとえ医師免許を剥奪され、これから先、どんなに世間が先生を非難しようと、犬畜生より劣る行為だったと罵られようと、わたしだけは先生をそういう風には思いません。ずっとこれからも先生の側に寄り添います。先生ほど尊敬できる医師はいません。先生はわたしにとってかけがえのない人でした。これからもずっとそうです。私なんかがと先生は笑うかもしれません。それでもわたしは先生を待ちます。何年でも待ち続けるつもりです」

<編註>小説の内容をこれ以上書くのはどうかと思いますので、これにて終えます。ぜひ一読をお薦めしたい本です。

  ………………………………………………………………………………………………

      『秀樹杉松』95巻2627号 2018-6-30 /  hideki-sansho.hatenablog.com #267

      ………………………………………………………………………………………………