前回は新宿区須賀町の「須賀神社男坂」と「同女坂」を巡りましたが、今日はそこから1.2km離れた、同区の市谷八幡町の「市谷八幡男坂」と「同女坂」へ行ってきました。もちろん偶然でが、格好の組み合わせになりました。神社には長い急坂の他に、女性向けの緩やかな「女坂」があります。
坂は道路とは限らず、今日の5坂のうち4坂は階段です。人間専用の「人道」なので、自動車や自転車は通れません。よく保存されており、神社坂を除く3坂には標識も建てられています。 / Atelier秀樹
①市谷八幡男坂(いちがやはちまんおとこざか)(#679)


新宿区市谷八幡町。JR市ヶ谷駅の北西200m。市谷亀岡八幡神社の正面の 60段の急な石段。北北西に向かって上り。30m。非常に急な階段。急な階段。途中に踊り場が一つある。標識なし。
由来他:港区の愛宕神社にも劣らぬ,見上げるような急傾斜。この坂の西(左)側に 丘を迂回して境内にいたるゆるやかな女坂がある。(「今昔東京の坂」による)
②市谷八幡女坂(いちがやはちまんおんなざか)(#680)


新宿区市谷八幡町。JR市ヶ谷駅の北西200m。市谷亀岡八幡神社の正面から左(西)側を迂回して拝殿まで上る坂。北北西に向かって上り。65m。急坂。左に曲がりながら上る。男坂に比べれば緩やかな傾斜だが,一つの坂として見ると急な坂である。標識なし。
男坂の左から神社のある丘に上るゆるやかな坂(「今昔東京の坂」より)
市谷亀岡八幡宮


太田道灌が文明11年(1479)、江戸城築城の際に西方の守護神として、鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を祀ったのが始まり。
市谷亀岡八幡宮の「力石」
③高力坂(こうりきざか)(#681)


新宿区市谷本村町。JR市ヶ谷駅方面から外堀通りを南西に向かうと,外濠公園の入口に 赤茶色の東京都が設置した 石の標識がある。 ここから 南西に向かって上り坂。西南西に向かって上る。220m。緩やか。僅かにS字状に曲がる。
坂下に東京都が設置した茶色の石碑が建っている。
→「高力坂 こうりきざか 新撰東京名所図会によれば「市谷門より四谷門へ赴く,堀端辺に坂あり,高力坂という。幕臣高力小次郎の邸あり,松ありしかば此名を得たり,高力松は枯れて,今,人見の合力松を存せり,東京電車鉄道の外濠線往復す」とある。すなわち,高力邸にあった松が 高力松 と呼ばれ有名だったので,その松にちなんで,坂名を高力坂と名づけたものと思われる。 昭和五十八年三月 東京都」
江戸城外堀跡




外濠公園


江戸城外濠の土手や濠の跡を利用して作られており、濠に沿って中央線飯田橋駅付近から四谷駅南側までの約2kmにわたって細長く続く。
④仲坂(なかざか)(#682)


新宿区荒木町。都営新宿線の曙橋駅より南南東に200m進んだ階段。北北東に上る。25m。急な階段。真っすぐ上る階段。坂下の石柱に「仲坂」と彫られている。
命名時期:石柱より「仲坂」は、昭和七年八月竣工
策(むち)の池 と 津の守弁財天


新宿区荒木町。「仲坂」のはずだとおもうが階段ではないので、近所のおばあさんに訊いたら、「すぐ隣の坂です、急な階段坂ですよ」。そして「坂の先にはすり鉢上の池と弁天様があります」と教えてくれました。お陰様で、「津の守弁財天」に寄り、策の池と津の守弁財天の写真を撮ってきました。そういえば、近くの「津の守坂」は以前歩きました。
帰宅してネットで調べたら、次のように出てきました。
→「四谷三丁目駅北東にある荒木町はかつて松平摂津守上屋敷で、すり鉢上の窪地に佇む「策の池」の周辺に料亭街が連なっていたという昔の花街の歴史を残す場所である。
....徳川家康がこの池で乗馬用のムチを洗っていた事から「策(むち)の池」と呼ばれるようになった...。策の池の畔には「津の守弁財天」が祀られている。津の守(つのかみ)というのは言うまでもなく「松平摂津守」からきている名称で、荒木町東側にも津の守坂と言う名前が残っている。」(東京Deep案内tokyodeep.info)
⑤念仏坂(ねんぶつざか)(#683)




新宿区住吉町から曲がって河田町と市谷仲之町の間へ上る。住吉町交差点から“あけぼのばし通り”商店街に入り,150m先を右折すると,急な石段にぶつかる。全部で30段ほどの石段は,最初は東に向かい,途中の踊り場で北に曲がる。石段下に 新宿区の設置した 金属製の標識があり,また 石段の途中にも 私設のものと思われる 黒い石柱が建てられている。坂下は東に向かい,途中から北北東に向かって上り。25m。急な階段。途中の踊り場で60度ぐらい曲がる階段。
階段下には新宿区が設置した標識がある。
→「念仏坂 ねんぶつざか 『新撰東京名所図会』では,昔この坂あたりに老僧がいて昼夜念仏を唱えていたことにちなむという。 また,この坂は左右を谷に臨み,屈曲しており危険だったので,仏名を念じて往来する人がいたことにちなむともいう。 平成十七年ニ月 新宿区教育委員会」
また,階段踊り場に小型の黒い石碑(私設)が建っている。
→「ねんぶつ坂 念佛坂 昭和五十五年十一月 念仏坂下 谷金次郎」
“あけぼのばし通り”商店街


<編注>坂名と坂解説は、
「坂学会/東京23区の坂sakagakkai.org」に依拠。坂名の直後の(#〇〇)は、『秀樹杉松』坂めぐりでこれまで巡った通算坂数。写真撮影はAtelier秀樹。
『秀樹杉松』98巻2690号 2018-9-28 / hideki-sansho.haenablog.com #330