秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

よだか(夜鷹)が星になる悲しい童話(短編小説) ~宮沢賢治『よだかの星』を読んで、大きな感動に襲われました~ 。なお、この小説をモチーフにした映画「よだかのほし」(菊池亜希子主演、2012年)もあるんですね。

 

宮沢賢治の童話(短編小説)よだかの星を取り上げます。

解説抜きの読書メモです。なお、末尾にwikipediaさんの解説をのせましたので、ご参照ください。(写真撮影:Atelier秀樹)

 ................................

f:id:hideki-sansho:20190803224655j:plain

f:id:hideki-sansho:20190803224708j:plain

…………………………………………… 

 よだか(夜鷹)は、実にみにくい鳥です。顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。ほかの鳥は、もう、よだかの顔をみただけでも、いやになってしまうという工合でした。

 

「ね、まあ、あのくちの大きいことさ、きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」こんな調子です。夜だかは、ほんとうは鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、よだかは、あの美しいかわせみや、鳥の中の宝石のようなはちすずめの兄さんでした。

 

 たか(鷹)という名前がついたことは不思議なようですが、一つはよだかの羽がむやみに強くて、風を切って翔けるときなどは、まるで鷹のように見えたことと、もう一つは鳴き声が鋭くてどこかたかに似ていた為です。

 

はよだかの顔さえ見ると、早く名前を改めろ、というのでした。ある夕方、とうとう、鷹がよだかのうちへやって参りました。「おい。居るかい。まだお前は名前を変えないのか。ずいぶんお前も恥知らずだな。お前とおれでは、よっぽど人格がちがうんだよ。」「鷹さん、それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。神様からくださったのです。」

 

 「いいや。俺の名なら、神様からもらったのだと云ってもよかろうが、お前のは、云わば、俺と夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」「鷹さん。それは無理です。」「無理じゃない。俺がいい名を教えてやろう。市蔵というんだ。市蔵とな。いい名前だろう。首へ市蔵と書いたふだをぶら下げて、私は以来市蔵と申しますと、口上を言って、みんなのとこをお辞儀してまわるのだ。」

 

「そんなことはとても出来ません。」「いいや。出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。つかみ殺してしまうから、そう思え。おれはあさっての朝早く、鳥のうちを一軒ずつまわって、お前が来たかどうを聞いて歩く、一軒でも来なかったという家があったら、もう貴様もその時がおしまいだぞ。」

 

「だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺してください。」

 

 あたりは、もう薄暗くなっていました。夜だかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。それからにわかによだかは口を大きくひらいて、羽をまっすぐに張って、まるで矢のように空を横切りました。小さな羽虫が幾匹も幾匹もその喉に入りました

 

 体が土につくか着かないうちに、よだかはひらりとまた空へ跳ね上がりました。よだかが思い切って飛ぶときは、空がまるで二つに切れたように思われます。一匹の甲虫(カブトムシ)が、よだかの喉に入って、ひどくもがきました。よだかはすぐそれを呑みこみましたが、そのとき何だか背中がぞっとしたように思いました。

 

 また一匹の甲虫が、よだかの喉に、入りました。そしてまるでよだかの喉をひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理に飲み込んでしまいましたが、そのとき、急に胸がどきっとして、よだかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐる空をめぐったのです

 

(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕が今度は鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫を食べないで飢えて死のう。いやあその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向こうに行ってしまおう。)

 

 霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。夜だかはぐらぐらするほど眩しいのをこらえて、矢のように、そっちへ飛んでいきました。「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくい体でも灼ける時には小さな光を出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」・・・「お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今夜そらを飛んで、星にそう頼んでごらん。お前は昼の星ではないのだからな。」・・・

 

 もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。よだかはそらへ飛び上がりました。・・・そして思い切って西の空のあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました「お星さん。西の青じろいお星さん。どうか私をあなたのところへは連れてってください。灼けて死んでもかまいません。」オリオンは勇ましい歌をつづけながらよだかなどはてんで相手にしませんでした。

 

 よだかは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もういっぺん飛びめぐりました。それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。「お星さん、南の青いお星さん。どうか私をあなたの所へ連れてってください。やけて死んでもかまいません。」大犬は青や紫や黄や美しくせわしく瞬きながら云いました。「馬鹿を云うな。お前なんか一体どんなものだい。たかが鳥じゃないか。お前の羽でここまで来るには、億年兆年億兆年だ。」

 

 よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。「北の青いお星様、あなたのところへどうか私を連れてって下さい。」 大熊星は静かに云いました。「余計なことを考えるものではない。少し頭を冷やしてきなさい。そういうときは、氷山の浮いている海の中へ飛び込むか、近くに海がなかったら、氷を浮かべたっコップの水の中へ飛び込むのが一等だ」

 

 よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東からのぼった天の川の向こう岸の鷲の星に叫びました。「東の白いお星様、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」鷲は大風に云いました。「いいや、とてもとても、話にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」 

 

 よだかはもうすっかり力を落としてしまって、羽を閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかは俄かにのろしのように、空へ飛びあがりました。そらのなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。それからキシキシキシキシキシッと高く叫びました。その声はまるで鷹でした。

 

 夜だかは、どこまでも、まっすぐに空をのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸い殻のくらいにしか見えません。よだかはのぼってのぼっていました。寒さに息は胸に白く凍りました。空気がうすくなった為に、羽をそれはそれはせわしく動かさなければなりませんでした。それだのに、星の大きさは、さっきと少しも変わりません。つく息はふいごのようにです。寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。よだかは羽がすっかりしびれていました。

 

 そして涙ぐんだ目をあげてもう一ぺん空を見ましたそうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、逆さになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横に曲がっては居ましたが、確かに少し笑って居りました。

 

 それからしばらくたってよだかははっきりまなこを開きました。そしてじぶんのからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。すぐ隣は。カシオピア座でした。天の川の青白いひかりが、すぐうしろになっていました。

 

 そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃え続けました

 今でもまだ燃えています

……………………………………………………………

 

wikipediaの解説

よだかの星』は、宮沢賢治の短編小説。1921年頃に執筆されたと考えられ、賢治の没年の翌年に発表されている。

よだかの星」がどの星かは特定されていないが、1572年にカシオペヤ座に出現した、シリウスよりも10倍明るく輝いたチコの星を連想させる。『銀河鉄道の夜』でも示されているように、宮沢賢治天文学にも詳しく、この有名な超新星を念頭においたとも言われている。

 かつて国語の教科書にも採用された、有名な作品である。小学生向けには、弱い者いじめや外見の美醜による差別の否定といった教訓が中心となるが、より核心的にみれば、自らの「存在」への罪悪感から体を燃やして星へと転生するよだかの姿は賢治の仏教思想(日蓮宗の系統)と併せて、彼が終始抱き続けた「自らの出自に対する罪悪感」を色濃く反映したものとして、宮沢賢治を論じる際にしばしば引き合いに出される。また、賢治の「自己犠牲」の物語の系譜に位置付けられている。(wikipediaよだかの星より)

 

映画「よだかのほし」(菊池亜希子主演)

 2012年の日本映画。宮沢賢治の童話『よだかの星』をモチーフにして、東京で生活を送っていた若い女性が思わぬ行きがかりで、一度は決別した故郷の花巻に帰り、生きる力を取り戻してゆく姿を描く。花巻まつりなど、様々な花巻の名所で撮影された。(wikipediaより)

………………………………………

『秀樹杉松』109巻2906号 2019.7.8.3/ hideki-sansho.hatenablog.com #546