浅田次郎『五郎治殿御始末』を読む ~珠玉の名著に酔いしれ、漢字の”余録”も楽しむ
代表的な現代作家の一人の作品集浅田次郎『五郎治殿御始末』(新装版、中公文庫)を読み、大いなる感動を覚えました。
…………………………………………
この文庫本には「椿寺まで」「函館証文」「西を向く侍」「遠い砲音」「柘榴坂の仇討」「五郎治殿御始末」の6編が収録されています。他に、書き下ろしエッセイ「武士のライフサイクル」と、著者と中村吉右衛門丈の対談が特別収録されていて、読み甲斐があります。
加えるに、解説は歴史学者の磯田道史氏。またとない恰好の解説者といっていいでしょう。磯田さんの解説です。
→
「浅田次郎氏がこの作品集『五郎治殿御始末』で描こうとしたのは、まさにその「千年の武士の世の最後」にほかならない。(略)一つの時代が終わると、必ず後始末というものが、必要になってくる。武士の世のおわりにもにそれはあった。日本人が千年やってきたことの後始末だから、それこそ途方もない後始末である。浅田氏は、その中で苦しみながらも、まっとうに生き、見事に後始末をつけたきた侍たちの生き様を描いている」
……………………………………
作品の内容には立ち入りませんが、違う角度から本書の特徴に触れたいとおもいます。時代小説だからでしょうか、漢字がふんだんに使われているが、振り仮名がていねいに振られているので、とっても読みやすいです。
今の時代は漢字使用が極端に制限されていて、私にはつまらない。薬のお世話になっているので、薬局にはよく行きますが「処方せん受付」の看板。処方箋の「箋」が常用漢字でないからでしょう。便箋・付箋も同じ扱い。こういう事例は枚挙に遑いとまなしですね。
「遑いとまなし」という、日常会話ではあまり使わない表現と漢字をあてました。漢和辞典を見ると、遑(いとま、ひま)、暇(ひま、いとま)と出てきます。「そんな暇(いとま)はない」など、常用漢字の「暇」が一般には使われます。常用漢字でなくても、PCで変換できるので、つい「遑」を使いたくなります。
こうした場合、「枚挙にいとまがない」と仮名書きにすることが多いのは事実です。漢字は敬遠されがちで、本を読んでも仮名が多くてつまらない。浅田氏の『五郎治殿御始末』には漢字が多用され、しかもふりがなが徹底しているのに、私はここにも”感動”を覚えたのです。小説の内容は言うまでもないことですが、語彙豊富な漢字多用の文章にも惹かれたのです。
......................................................
そこで、「読書メモ」としては異例中の異例を承知で、以下に本書での漢字使用例を掲げることにしました(五十音順にまとめました)。どうぞ、”余録”をお楽しみごください。漢字の勉強にもなります。
………………………………………
胡座あぐら、仇討あだうち、諍いいさかい、一見いちげん、鯔背いなせ、台うてな、埋木うもれぎ、嬰子籠えじこ、野宿場おかんば、熾おき、驕りおごり、零落おちぶれ、掻巻かいまき、鑑かがみ、矍鑠かくしゃく、翳りかげり、陽炎かげろう、駕籠舁きかごかき、掃部頭かもんのかみ、北拮橋きたはねばし、鞏固きょうこ、矜持きょうじ、怯懦きょうだ、近習きんじゅう、金子きんす、愚痴ぐち、轡くつわ、炯眼けいがん、下衆げす、剣呑けんのん、木下闇こしたやみ、後生ごしょう、鐺こじり、姑息こそく、谺こだま、虚無僧こむそう、紙縒こより、金輪際こんりんざい
月代さかやき、柘榴ざくろ、颯爽さっそう、鞘さや、散切ざんぎり、叱咤しった、雌伏しふく、邪慳じゃけん、洒落しゃれ、舅姑しゅうとしゅうとめ、襦袢じゅばん、逡巡しゅんじゅん、憔悴しょうすい、饒舌じょうぜつ、倅せがれ、齟齬そご、濁声だみごえ、撓みたわみ、寵臣ちょうしん、礫つぶて、薹とう、恫喝どうかつ、突喊とっかん、帳とばり、海鼠なまこ、暖簾のれん、沙魚はぜ、梁はり、卑怯ひきょう、庇ひさし、罅ひび、帛紗ふくさ、扶持ふち、葡萄ぶどう、不埒ふらち、睥睨へいげい、反吐へど、頬髭ほおひげ、匍匐ほふく、賂まいない、髷まげ、末期まつご、瞼まぶた、飯盛旅籠めしもりはたご、繦褓むつき、滅相めっそう、輩やから、鎧よろい、弱陽よろび、竜頭りゅうず、流暢りゅうちょう、蝋燭ろうそく
呷あおる、嗤あざわらう、抗あらがう、忌いむ、窺うかがう、喪うしなう、蹲うずくまる、茹うだる、俯うつむく、慮おもんばかる、傾かしげる、庇かばう、喧けたたましい、冀こいねがう、蒙こうむる、遮さえぎる、徨さまよう、晒さらす、嗄しわがれた、譏そしる、聳そびえる、佇たたずむ、啄ついばむ、噤つぐむ、訛なまる、宥なだめる、睨にらむ、果無はかなむ、翻ひるがえす、怯ひるむ、耽ふける、屠ほふる、眩まばゆい、漲みなぎる、瞠みはる、喚わめく、
……………………………
写真:Atelier秀樹
……………………………
『秀樹杉松』123巻3788号 2021.6.4/ hideki-sansho.hatenablog.com #828