秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

『秀樹杉松』へようこそ!

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 『秀樹杉松』は、2013年7月に創刊した『Atelier秀樹ノート』を改題した、不定期刊の雑誌です。5年余りにわたって、いろんな事を書きなぐっています。昨年(2017年)8月から、紙印刷をやめて、

ブログ『秀樹杉松』hideki-sansho.hatenablog.com

として投稿し、既に #386 を数えています。  

メインコンテンツは、「坂めぐり」「親川記」(しんせんき)

の2つです。どちらも“アウトドア”で、核心は自然と人との対話・触れ合いです。

 

坂めぐり

 → 坂めぐり

 

東京23区内の坂歩きを昨年(2018)11月から始めたました。坂に限らず、周辺の寺社、公園、学校なども含めて巡ります。現在「111回・833坂」に及んでいます。坂めぐりは町(街)めぐりでもあります。写真も満載。

  

親川記

 → 親川記

 

タイトルは「川に親しむ」意。5年前に、都内の37の中小河川を歩きました。川と橋はもとより、流域の佇まいにも触れました。川縁は新緑や紅葉の木々に覆われ、美しい季節の草花に彩られます鴨、亀、鯉(3K)ともお友達になりました。

 

◉「坂めぐり」「親川記」『秀樹杉松』の力作(のつもり)です。アクセスをお待ちしております。他のカテゴリーにもどうぞ。 

<注1>この『秀樹杉松』へようこそ は、トップ記事固定されているので、いつも真っ先に表示されます。通常の記事は、下へスクロールすると出てきます。 

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                               / Atelier秀樹

 

 『秀樹杉松』98巻2699号 2018-10-10  /  hideki-sansho.hatenablog.com #339

<坂研究>まねごと~『江戸の坂 東京の坂』(横関英一著)を読む~(2)「新坂」

 

<古い新坂>

 新坂には、古く江戸時代の初め頃から唱えられている新坂と、江戸の末期になってできた新坂とがある。言い換えると、坂は古いが、新坂という一つの名前だけを持った坂と、名実共に新しい坂の新坂とがある。

 

 もちろん、古い新坂といっても、新坂であるからに付近の坂に比べ比べると、新しい坂なのである。であるが、一般的には古い坂という名称のみから、その坂の歴史を新しいものだと断定することはできない。例えば、小石川第六天町(春日二丁目と改称された)の新坂は、今から250年前の正徳年間に開設されたものである。

 

 古い坂は、時代と地形の変化とともに、その名称も変化する。したがって、古い坂は三つも四つも別名を持っている。こうした習慣の中にあって、一つの別名にも汚されず、生まれた時のままの新坂という名を守ってきた小石川第六天町の新坂のごときは、実に珍しい坂の一つと言わねばならない。

 

 維新後、明治になってからできた新坂は、たくさんある。しかし、その地の人々は、今日ではもう人まねの新坂という坂の名を捨ててしまって、もっとよい名をつけたがる。新しい坂のくせに、この他に二つも別の名を持っている坂もある。国電鶯谷駅のところの新坂は、鶯坂または根岸坂と呼ぶ。本郷西片町の新坂は福山坂と改名した。

 

 今日では、新しくできた坂に新坂という名はつけないようだ。開運坂とか明治坂とか昭和坂とか命名する。もちろん、民衆のつけたものではない。町会とか町会長とかの好みで命名されたものが多い。そしてりっぱな標示板が立っているのである。

 

 江戸時代では、新しく坂ができるとすぐに、これを新坂と呼ぶ。もしくは、坂の形態が切り通し型になっている場合は、切通と呼ぶ。既設二坂の中間に新坂ができた場合は、これを中坂と呼ぶ。であるから、中坂も切通坂も等しく新坂なのである。新坂と呼ぶべきところを、その坂の関係位置から中坂、その坂の態様から切通坂と呼んだに過ぎないのである。

 

 以上のように、二つの坂の外側へ新坂ができたために、今度新しく真ん中にはさまれた坂が、中坂と改名されたという例は決してない。中坂が改名されて、三浦坂となったという例はあっても、元名を改名して、中坂と言った例はない。なぜかというと、中坂という名は、新坂というのと全く同じ性質のものだからである。

 

      (以上、横関英一『江戸の坂 東京の坂』(全) p.023〜p.026から)

 

『秀樹杉松』101巻2749号 2018-12-15/hideki-sansho.hatenablog.com #389

114回秀樹杉松坂めぐり(2018,12,14文京区)~金魚坂、新坂(本郷)、清戸坂、だんだん坂。

 

 文京区内の坂を、坂学会坂リストで最終的にチェックしたら、4つの坂へ行っていないことが判明。早速巡って来ました。4坂のうち2坂は階段坂でした。文京区はこれにて「完了」となります。今日最初の「金魚坂」はとても面白かった。

 坂標識はないが「金魚坂」という喫茶店があり、350年前に開店したという金魚店など、金魚一色でした。写真をご覧ください。昼前でしたが、もちろんこの金魚坂喫茶店で昼食とコーヒー。「残り物には福がある」といいますが、本当にいい坂といい喫茶店でした。 / Atelier秀樹

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<坂研究>まねごと~『江戸の坂 東京の坂』(横関英一著)を読む~(1)

「坂学会」の新人として、これまでの坂めぐりをふまえて、坂研究の入門を志しました。横関英一著『江戸の坂 東京の坂』をテキストに、「なるほど」と確認すること、「そうだったのか」と知ること、などを書き留めたいと思います。いわば私の”坂研究まねごと(入門)メモ”ですが、何回かのシリーズになります。関心のある方はお読みください。 / Atelier秀樹

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113回秀樹杉松坂めぐり(2018.12.11) ~皇居東御苑「汐見坂」「梅林坂」「狐坂」~

皇居東御苑を散策、汐見坂、梅林坂、狐坂を歩く 

 横関英一著『江戸の坂 東京の坂』(全)(ちくま学芸文庫)p.64の「江戸旧本丸内にも潮見坂があった」の文章を読み、早速調べたら、皇居東御苑に「汐見坂」(潮見坂)、「梅林坂」、「狐坂」の3坂があることが確認できました。知ったからには、当然出かけることに。 / Atelier秀樹

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<秀樹杉松坂めぐり>を再開しました。「坂学会」会員としてのスタートです。〜112回坂めぐり〜

 

 先般、111回833坂で<秀樹杉松坂めぐり>の終(完)結宣言をしました。自分で調べた範囲内ではこれがすべてだと思いつつも、「坂学会/東京の坂」には900の坂が含まれているので、実際にはまだ残っているのは認識していました。新しい局面が開けてきました。 / Atelier秀樹

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内田康夫『孤道』(未完作)の「完結編」の最優秀賞が決定、発表されました。和久井清水(わくいきよみ)「孤道 ~我れ言挙げす」

 

本題に入る前に、内田康夫の大ファンである私のブログ『秀樹杉松』を紹介します。/ Atelier秀樹

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<坂めぐり> 踏まえた <坂研究>へ

 

この度「坂学会」会員になりました。これまでの<坂めぐり>を踏まえて、これからは坂研究>にも参加することになります。坂情報の最高権威として、全面的に依拠してきましたが、その「坂学会」会員になれるなんて、夢にも思わなかったのです。「坂学会の人を知っているよ」という方と知り合い、思いがけなく関係者と連絡がつきました。

 坂学会のご配慮で、この度「坂学会」に入会しました。身に余る光栄です。これからは、新人として「坂研究」や「坂歩き」に参加することになります。/ Atelier秀樹

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