秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

『秀樹杉松』へようこそ!

f:id:hideki-sansho:20181012125541j:plain
f:id:hideki-sansho:20181012125606j:plain
f:id:hideki-sansho:20181012125557j:plain

 『秀樹杉松』は、2013年7月に創刊した『Atelier秀樹ノート』を改題した、不定期刊の雑誌です。5年余りにわたって、いろんな事を書きなぐっています。一昨年 (2018年)8月から、紙印刷をやめて、

ブログ『秀樹杉松(ひできさんしょう) hideki-sansho.hatenablog.com

として投稿し、ブログ投稿は #471を数えています。(2019年3月現在)  

雑誌ですから取り上げる主題は万般にわたりますが、メインコンテンツは「坂めぐり」「親川記」(しんせんき/川歩き)の2つです。どちらも足を使った“アウトドア”で、坂道と川を相手の、いわば自然との対話・触れ合いです。

 

坂めぐり

 → 坂めぐり

 

東京23区内の坂歩きを2017年11月から始めたました。坂歩きにとどまらず、当然に周辺の寺社、公園、学校、名勝旧跡なども立ち寄りました。1年1ヶ月かけて総計「118回・876坂」を歩きまわり、2018年12月23日に終了しました。歩くだけでなく、写真もいっぱい撮り、記事とともにブログ『秀樹杉松』に満載してあります。上記の矢印のついた青い文字 坂めぐりをリックすると、「坂めぐり」の記事がまとめて表示されます。(新しいものから順に)

  

親川記(しんせんき)

 → 親川記

 

タイトルは「川に親しむ」の意です。5年前に、都内の37の中小河川を歩きました。川と橋はもとより、流域の佇まいにも触れました。川縁は新緑や紅葉の木々に覆われ、美しい季節の草花に彩られます鴨、亀、鯉(3K)ともお友達になりました。矢印をつけた青文字 親川記 をクリックすると、川歩きの記事が出てきます。(新しいものから順に)

 

◉「坂めぐり」「親川記」『秀樹杉松』の力作(のつもり)ですので、“おすすめ”です。アクセスをお待ちしております。

もちろん「坂めぐり」「親川記」という二つの「紀行」以外にも、

他のカテゴリーの記事、

読書、クラシック音楽プロ野球、大相撲、ウォーキング、うたごえ、文化芸能政治、カレントトピッス、坂研究、自然、山歩き ....など、盛り沢山です。アクセスをお待ちしております。

カテゴリー名をクリックすると、そも関係記事が出てきます。なお、「読書」については、著者からもアクセスできるようにしてあります。

 

注1>この『秀樹杉松』へようこそ は、トップ記事に固定してありますので、いつも真っ先に表示されます。通常の記事は、下へスクロールすると出てきます。 

注2> → の後の 坂めぐり親川記 をクリックすると、その名前のカテゴリーの記事がまとまって出てきます(新しい順に)。/ Atelier秀樹

 

 『秀樹杉松』98巻2699号 2018-10-10  /  hideki-sansho.hatenablog.com #339

東北楽天、10勝一番乗りで、パリーグの単独首位! 〜頑張れ!平石洋介監督、イヌワシ軍団 

 

f:id:hideki-sansho:20190418145917j:plain

                                      『日刊スポーツ』2019.4.18
 

4月8~10日、遅ればせながら、3.11のお見舞い岩手県三陸海岸へ行ってきました。発生から8年を経過した、大震災による被災の傷痕と復興の状況を垣間見ました。復興のシンボルともいえる、全線開通の三陸鉄道リアス線(全線)に乗り、途中宮古で下車して、絶景の浄土ヶ浜も見てきました。この慰霊と復興の旅は、本ブログ『秀樹杉松』に3号にわたって投稿連載しました。

 

4/12の本ブログで、今年のプロ野球昨年最下位の楽天が首位(パ)、優勝の広島が最下位(セ)でスタート、を取り上げ、単なる開幕初頭の現象・春の珍事に終わるかも知れないが、「今年のプロ野球は面白くなりそうだ」と書きました。

 

まだ16試合しか消化していませんが、4/17現在、セリーグではヤクルトが首位、巨人・中日が2位で、広島は首位から6.5ゲーム差の最下位パリーグでは、楽天が首位、1ゲーム差でソフトバンクが2位です。両リーグとも昨年とは大違いで、いつまでこの状況が続くか注目されます。楽天ファンの私は、できるだけ長く続いて欲しいと願っていますが、連敗が続いて、あれよあれよとという間に定位置の最下位?に陥落するかもしれません。

 

東日本大震災(2011)の2年後の2013年に、球団創設9年目の東北楽天ゴールデンイーグルスは、闘将・名将の星野監督のもとで、パリーグ優勝と日本シリーズ制覇を成し遂げました。

今年は、西武ライオンズから浅村を迎えて打線が強化され、平石洋介監督(39歳、PL学園同志社大卒)率る犬鷲(イヌワシ)軍団は、果たしてどこまで戦えるか?

 

 新進気鋭の東北楽天 平石洋介監督

f:id:hideki-sansho:20190418154025p:plain

 

翔け!犬鷲(ゴールデンイーグルス)軍団

ゴールデンイーグル はイヌワシ(タカ目タカ科イヌワシ属)。 

f:id:hideki-sansho:20190418152205p:plain
f:id:hideki-sansho:20190418153311p:plain

……………………………………………

『秀樹杉松』105巻2839号 2019.4.16/ hideki-sansho.hatenablog.com #479

平岩弓枝『御宿かわせみ傑作選』(4冊)を読む

 

平岩弓枝御宿かわせみ傑作選』(文春文庫)1〜4

f:id:hideki-sansho:20190416192422j:plain

f:id:hideki-sansho:20190416192432j:plain

 

 同書 蓬田やすひろ 

f:id:hideki-sansho:20190416192442j:plain

f:id:hideki-sansho:20190417053551j:plain

 

歴史小説・時代小説が好きな私ですが、やはり男性作家の作品を読むことが多い。そもそも、女流作家(いまでは女性作家という?)の小説は、古くは山崎豊子、最近では宮部みゆき以外はあまり読んだことがないのです。

女性活躍社会とかいわれるので、もう一人ぐらい読まなくてはと思い、調べたら平岩弓枝さんにたどり着きました。もちろんお名前は知ってましたが、経歴を調べてびっくりしました。

 

平岩弓枝の経歴

→昭和7(1932)年生まれの87歳。日本女子大国文科卒。直木三十五賞(1959)、NHK放送文化賞(1979)、吉川英治文学賞(1991)、紫綬褒章(1997)、菊池寛賞(1998)、文化功労者(2004)、毎日芸術賞(2008)、文化勲章(2016)。作品は御宿かわせみなど多数。

 

御宿かわせみ(オンヤドカワセミ)で思い出しました、だいぶ以前にNHKで数回視聴したことを。今調べたら、NHK水曜時代劇で、全24回(1080.10~1981.3)放映。

そういえば、私は最初「新宿かわせみ」と読んだり、「おんじゅくかわせみ」と読んだり、いい加減なものでした。改めて現物とウイキペディアで調べたら、「おんやどかわせみ 」ですね! 平岩さん、すみませんお許しください。

 

ちなみにウイキペディアによれば、『御宿かわせみ』は、

→「平岩弓枝作の連作時代小説シリーズ。旅籠「かわせみ」を舞台にした人情捕物帳」です。

 

30冊を超える大連作シリーズですが、とても全部を読む気にもなれないので、4冊にまとめられた御宿かわせみ傑作選』~①初春の客、②祝言、③源太郎の初恋、④長助の女房~を、図書館から借り出して読みました。

各冊に7~8編の短編が収められており、読みやすく、内容も素晴らしかったです。感想は省略しますが、間違いなく一読に値します。未読の方には、この傑作選4冊をお薦めいたします。

蓬田やすひろも素晴らしいですから。

…………………………………

『秀樹杉松』105巻2839号 2019.4.16/ hideki-sansho.hatenablog.com #479

3.11慰霊と先祖墓参の旅を終えて ~中学時代の教師と感激の再会。生徒・教師が一丸となった「新制中学校づくり」を思い出しました。

f:id:hideki-sansho:20190413081229j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413081146j:plain

4月8日から10日にかけて、東北地方へ行って来ました。直接には「急用」ができたからですが、先祖の墓参と、3.11東日本大震災の慰霊、被災地・被災者へのお見舞い、の旅でもありました。これについては既に、本ブログ『秀樹杉松』の前号(4/13)と前々号(4/12)へ投稿済みですので、お読みくださった方もおられるでしょう。

実を申しますと、ブログに書かなかった大切なことがありました。それは、中学校時代に教えを受けた恩師にお会いできたことです。懐かしさを通り越した、感激の対面でしたので、どうしてももう一稿を起こすことにしました。68年ぶり?の師弟の感動的な再会の記録です。

戦後の学制改革によて、昭和22年に義務教育の新制中学校が誕生しました。しかし当初の何年間は校舎もなく、中学校は小学校に併設され、小学生が下校した後の教室を中学生が使うなど、大変な思いをしました。新校舎ができたのは、確か中3(もしかして中2?)の頃だったように思い出します。新しくできた校舎に、先生も生徒も一体となって、学校づくりに励んだものでした。

今回久しぶりでお会いした中学時代の恩師:古舘久功先生は、2年ばかり前に田舎の神職六十二年 思い出づること』という著書を出版されたばかりで、私に寄贈してくださいました。帰京後早速読みましら、「晴山中学校奉職時代を想う」の項に、次のような文章があります。

→「生徒会の活動も活発になり、当時の〇〇〇〇生徒会長から「校旗をほしい」と、申し出があった訳です。「二万円も校旗に出すより、クラブで使用する物が欲しいのでは?」と、話した処 「学校のシンボルが先である」といい、全校生徒が栗拾いをやり、見事購入された校旗。すばらしい事だと称賛した次第であります。

つまりは、新校舎が完成し、新制(新生)中学校が本格的にスタートするに際して、まず何を優先して備えるか、が問題になったのでした。学校側(校長先生)と生徒会の意見が一致しなかったのです。実は「〇〇〇〇生徒会長」は私だったので、よく覚えております。古舘先生がお書きになっているように、生徒会は校旗と校歌が大切と考え、校歌はできていたので、校旗の作成(購入)を優先すべきだと主張し、図書などを揃えたいとする学校側と“対立?”したのでした。

さて、私も今から12年前の平成19年(2007年)3月に、自分史の最初として『子供の頃の想い出』を書きました。<晴山中学校の時代>の項に、次のような文章を認めています。

→「中学校入学は昭和24年4月だった。校舎がないため、最初は小学校の低学年の教室を使用した。小学生が帰ってからということで、午後から授業を受けた記憶がある。机の高さが低いため、膝の上に乗っけて勉強した」

→「校舎は確か、2年生の時に完成した。場所が遠くなったので、通うのは大変だった。校長先生が、新校舎を期して図書を購入したい意向だったが、生徒会長の自分は未だ校旗がないので、先ずは校旗の作成を、と逆提案してそれが実現した。

:校舎の完成時に私が中二だったか中三だったか、今となっては自信がありません)

70年近くも昔のことなので、「記憶にございません」部分もありますが、校旗の作成(購入)を主張した生徒会は、自分たちで栗拾いをやって稼いだお金を校旗購入に充てたのでした。そのことを先生はご著書で「全校生徒が栗拾いをやり、見事購入された校旗。すばらしい事だと称賛した次第であります。」と記述されておられるのに、正直びっくりしました。学校側の提案に反対して校旗を購入させた経緯に照らし、生徒会、その会長だった私は学校側に嫌われたのかと思っておりましたが、「すばらしい事」と評価されていたとは!

以上でお分かりのように、新制中学校の新校舎の完成は、学校当局(諸先生)だけでなく、当然当時の生徒たちに大きな課題を突きつけたのでした。私は生徒会長として、先生・生徒一丸となって自分たちの中学校づくりに当たるべきだと考えました。そのためには、教師・生徒の立場を踏まえつつも、その違いを超えて、「新しい中学校を創建する」、すなわち共同して「新たな歴史をつくる」。、、、もちろん今だからこそ、このように理論化できるが、中学生の頃どこまで分かっていたかは不明ですが、学校側・先生方と一緒に「新制中学校の歴史づくり」に参加できたのは、本当に幸せな事でした。

 

今回の東北行きは、如上の成果をも含む有意義な旅でした。

......................................................................................

『秀樹杉松』105巻2838号 2019.4.15/ hideki-sansho.hatenablog.com #478

懐かしき思い出の地を、久しぶりに訪ねて

 

平成31年(2018年)4月8日~9日、急用ができたので、思い出の地を訪ねました。久しぶりだったので、懐かしい想いを満喫しました。彼の地は大きく変貌していました。奇しくも、“平成最後の旅”となりました。写真をいっぱい撮ってきましたが、その中のほんの一部を掲載します。

 

盛岡と岩手山

南部富士・岩手山は秀麗そのものですね。時間の制約で、母校の中学校と高校に今回行けなかったのは残念でした。特に高校は、石川啄木宮沢賢治の後輩ということもあり、ぜひ寄よりたかったのですが。

f:id:hideki-sansho:20190413080256j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413080309j:plain

  

中学校跡地

建物は残ってましたが、合併のため廃校となり、ほかの目的に転用されていました。学制改革によって新制中学校制度の校舎ができたのは、確か中2の時だったと記憶してます。今回撮影した校舎は、その後改築したもの。

なお、私はこの中学校3年の3学期に盛岡の中学校に転校したので、卒業はしていませんが、懐かしの中学校にかわりはありません。

f:id:hideki-sansho:20190413081229j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413081159j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413081753j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413081216j:plain

 

泊めてもらった弟宅

短時間ながら、雪が降りました。

f:id:hideki-sansho:20190413082820j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413082836j:plain

 

生家

昔は茅葺の家でしたが、変貌著しい。特に庭の松の木などが。

f:id:hideki-sansho:20190413083148j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413083218j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413083134j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413083204j:plain

 

(シンクロー)

f:id:hideki-sansho:20190413084040j:plain

 

(トヤタンボ)

f:id:hideki-sansho:20190413084100j:plain


遊んだ小川と橋

f:id:hideki-sansho:20190413084718j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413084700j:plain

 

墓所

f:id:hideki-sansho:20190413084954j:plain


小学校跡地

入学した時は「国民学校分教場」。独立の「小学校」となったのでしたが、歴史に揉まれて廃校になったそうです。校舎の跡形もないのに呆然としました。

f:id:hideki-sansho:20190413085231j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413085211j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413085155j:plain

 

本校跡地

分教場だった頃は、本校は離れたこの地にありました。入学式・明治節・運動会などの時は、確かこの「本校」まで歩いて行きました。今はほかの建物が建ってました。

f:id:hideki-sansho:20190413090343j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413090356j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413090413j:plain

 

甥・姪宅

大雨で裏の崖が崩れ落ちて、大災害に見舞われ、大変だったそうです。

f:id:hideki-sansho:20190413090614j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413090559j:plain

 

雪谷川フォリストパーク。風車・メモリアムブリッジ

f:id:hideki-sansho:20190413091034j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413091129j:plain

f:id:hideki-sansho:20190413092704j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413092650j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413092622j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413092635j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413091102j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413091115j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413092718j:plain
f:id:hideki-sansho:20190413092744j:plain

…………………………………………………………

『秀樹杉松』105巻2837号 2019.4.13/ hideki-sansho.hatenablog.com #477

三陸海岸 3.11慰霊の旅 〜全線開通の「三陸鉄道リアス線」に乗り、災害と復興に思う。

東北出身の私は「3.11東日本大震災8年後に、やっと被災地を訪れる機会を得ました。3.11を歌った「♪花は咲く」の歌詞に、亡くなられた方の無念の気持ちが織り込まれていますが、その中に「私は何を残しただろう」とあります。このくだりで私は涙が出ます。

大震災から8年、「私は何をしただろう」の思いでしたが、今回被災地を訪れ、亡くなられた方々への慰霊と8年後の被災の傷痕と復興の状況を見ました。

時あたかも三陸鉄道リアス線の全線が開通したので、北のターミナル「久慈」から宮古へ行き、宮古で一泊し、翌日に宮古から釜石を経て、南のターミナル「盛」で下車しました。

盛駅からJRのBRTバス高速輸送システム)のバスで、気仙沼まで行き、気仙沼からJR大船渡線で一関に出て、一関から新幹線で帰京しました。

そういう次第で、被災地の状況は列車・バスから見ました。そして夢中でシャッターを押しました。被災から8年後たった時点での、被害の傷痕と復興の状況を垣間見ることができたと思います。

宮古で一泊し、翌日浄土ヶ浜三陸復興国立公園へ行き、その素晴らしい景観に感動しました。もちろん海岸には災害の傷痕は認められたし、工事中の場所もありました。海岸で「岩手県立水産科学館」の伊藤隆司館長に出会い、同館を見学し、災害時の写真や資料も見ました。

リアス線の全線(久慈~盛)に乗って、復興を確認できましたが、JRのBRT(盛~気仙沼)のバスには衝撃を受けました。大船渡線の盛・気仙沼間は、鉄道ではなくバス(正確には、バス高速輸送システム)なのに、ビックリしただけでなく、このことを知らなかった自分を情けなく思った次第です。3.11大震災の傷痕の大きさを知らされた思いです。

撮ってきた写真の一部を掲載します。殆どは列車内から撮影したもので、解説抜きです。ご覧ください。

 

久慈駅

f:id:hideki-sansho:20190412130819j:plain

                

リアス線車両

f:id:hideki-sansho:20190412130834j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412130917j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412130932j:plain

              

宮古駅

f:id:hideki-sansho:20190412131008j:plain

           

浄土ヶ浜三陸復興国立公園)          

f:id:hideki-sansho:20190412131059j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131112j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131141j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131154j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131316j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131235j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131329j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131403j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131501j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131449j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131618j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131631j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131533j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131545j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131706j:plain

 

岩手県立水産科学館伊藤隆司館長)

伊藤館長をはじめ館員の皆様にお世話になりました。ありがとうございました。

f:id:hideki-sansho:20190412131718j:plain

f:id:hideki-sansho:20190412131749j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131805j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131836j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131852j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131930j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412131944j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132027j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132042j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132114j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132130j:plain

 

リアス線からの眺め

車内からでしたが、被災地の状況を垣間見ました。未だ災害の傷痕が見られました。雄大な海は本来は「素晴らしい」のですが、あの波が押し寄せてきたのかと思ったら、何か「恨めしい」感じもありました。

f:id:hideki-sansho:20190412132201j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132217j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132248j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132301j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132330j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132344j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132415j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132427j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132459j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132514j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132543j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132558j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132627j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132641j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132713j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132726j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132827j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132842j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132915j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132927j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412132954j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133006j:plain

 

恋し浜駅

駅の愛称は「愛の磯辺」。小石浜地区では、養殖のホタテに「恋し浜ホタテ」と名付けて販売。駅弁「恋し浜ホタテ照り焼き弁当」も販売(ウイキペディア)。恋し浜駅絵馬が待合室に飾られ、皆様の願いと「愛」のこもった駅(三陸鉄道サイト)。新しい形の恋愛パワースポットとして、近年注目を集めている駅(project.3.11)。

f:id:hideki-sansho:20190412133034j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133048j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133119j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133133j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133213j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133227j:plain

               

 盛 駅

f:id:hideki-sansho:20190412133304j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133321j:plain

                

BRT大船渡線 盛〜気仙沼

線路跡を走るバスに、被災の大きさを痛感しました。

f:id:hideki-sansho:20190412133354j:plain
f:id:hideki-sansho:20190412133407j:plain

          
………………………………………………

『秀樹杉松』105巻2836号 2019.4.12/ hideki-sansho.hatenablog.com #476

2019プロ野球の珍事?それとも異変? ~パ・楽天首位、セ・広島最下位

『秀樹杉松』3/30号で、①開幕初戦で巨人が広島に大敗したこと、②前の2打者が敬遠された、日本ハム中田が満塁ホームランを打ったこと、などをとりあげました。

開幕からわずか1週間ですが、

今年のプロ野球は面白くなる予感がありますが、あなたはどうお考えですか?

例年と異なるのは、セリーグでは、最初から飛び出す広島が今年は最下位にいること。パリーグでは、何と!楽天が首位に立っていることです。

スタートしたばかりなので、単なるスタート時の現象かもしれません。しかし、今月いっぱいこの状態が続けば、平成最後の珍事となります。さらに、この珍事が来月に持ち込まれれば、令和の異変となるでしょう。

東北出身者で「東北楽天イーグルス」ファンの私にとって、今年のプロ野球は面白くなりそうです。

f:id:hideki-sansho:20190412081539j:plain

        『日刊スポーツ』2019.4.11 (3) 

.................................................................

『秀樹杉松』105巻2835号 2019.4.12/ hideki-sansho.hatenablog.com #475

新宿御苑の桜 〜 ”平成最後”の花見の最後を飾る!

今日は4月4日。4が合わさるので「4合わせ=幸せ」の日。この佳き日に新宿御苑の桜を観てきました。“平成最後”の花見の「最後」は、新宿御苑になりました。来週の土曜日(4月13日)は休園 の掲示が出てました。恒例の「花を見る会」ですね。

 

f:id:hideki-sansho:20190404194526j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194542j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194611j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194624j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194639j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194652j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194708j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194723j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194741j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194757j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194813j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194831j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194852j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194910j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194926j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404194942j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195001j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195015j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195027j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195045j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195112j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195127j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195144j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195159j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195215j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195233j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195340j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195310j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195255j:plain

f:id:hideki-sansho:20190404195324j:plain 

…………………………………………………………

『秀樹杉松』105巻2834号 2019.4.4/ hideki-sansho.hatenablog.com #474