秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲(第1番~第18番)を聴く

 

モーツァルト・ピアノ協奏曲全集  Vol.1~Vol.11(コンツェントス・ハンガリクス、NAXOS版)で、モーツァルトのP協奏曲全曲(第1番~第18番)を聴きました。クラシック音楽愛好者”と自称しながら、モーツァルトにはやや距離を自覚していたので、改めて「モーツァルトを聴いて」います。

 

期せずして、本稿はブログ『秀樹杉松』の「No.1111」にあたります。「1が4つも並ぶ」号を選んだわけではありませんが、クラシック音楽第一人者のモーツァルトに相応しい「1111号」ですね!写真をご覧ください。(最近は、下手な文章よりも写真を掲載するようにしています)

 

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4071号2023.2.7

/hideki-sansho.hatenablog.com1111号

今日は神田川を歩きました

 

 

昨日の善福寺川に続いて、今日は”姉妹川”の神田川を歩いてきました。「神田川十二景」をどうぞ!

 



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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4070号2023.2.6

/hideki-sansho.hatenablog.com1110号

善福寺川を歩き、水鳥の歓迎を受けました!〜立春の善福寺川二十景

 

神田川善福寺川が近くなので時どき散歩します。今日は善福寺川(ぜんぷくじがわ)を歩いてきました。水鳥の写真を中心に撮りましたので、少し掲載します。

水鳥が「また撮影ですか?!」とポーズをとってくれたので、嬉しくなってパチリパチリ!

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4069号2023.2.5/hideki-sansho.hatenablog.com No.1109

2023年立春の「新宿御苑十景」

 

 ○今日2月4日は、春の到来を告げる「立春。天気も好いので、久しぶりに新宿御苑を訪れました。

 

 ○”春は名のみ”(早春賦)とあってか、土曜日というのに人出は「超疎ら」でした。写真を何枚か撮りました。これというのはありませんが、10枚だけ掲載します。

 

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4068号2023.2.4/hideki-sansho.hatenablog.com No.1108

今日は「立春」~”春は名のみ”と謂われるが、それがまた魅力的ですね!

 

◉「春」のつく言葉が自然に浮かび、歌いたくなります。

『春が来た』(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)

  春が来た

  春が来た

  どこに来た

    山に来た

  里に来た

  野にも来た

『早春賦』吉丸一昌作詞、中田章作曲)

  春は名のみの 風の寒さや

    谷の鶯 歌は覚えど

  時にあらずと 声も立てず

  時にあらずと声も立てず

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◉「春」を詠んだ詩もいいですね!

「春眠暁を覚えず」孟浩然の「春暁詩」

春眠暁を覚えず、処処に啼鳥を聞く。夜来風雨の声、花落つること知る多少。 

「春の朝(あした)」ロバート・ブラウニング(イギリスの詩人)<上田敏訳>

 

時は春、日は朝 (あした)、朝は七時 (ななとき)

片岡に露満ちて、揚雲雀(あげひばり)なのりいで

蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、神、そらに知ろしめす

すべて世は事も無し

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4067号2023.2.4/hideki-sansho.hatenablog.com No.1107

 リヒャルト・シュトラウス と ヨハン・シュトラウス2世

 

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アルプス交響曲」などで知られれるリヒャルト・シュトラウス (Richard Strauss,1864~1949)。「美しく青きドナウ」などで有名な「ヨハン・シュトラウス2世」(Johann Strauss II,1825~1899)。私の大好きな ”二人のシュトラウス” さんを紹介します。

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1)リヒャルト・シュトラウス(Richrd Strauss)

◉ R. シュトラウス

Profile

 ○ドイツの作曲家。1864年6月11日ミュンヘン生まれ~1949年9月8日ガルミッシュ=パルテンキルヘン没。

幼少

 ○ミュンヘン宮廷管弦楽団のホルン奏者の父に、5歳から音楽の手ほどきを受ける。

デビュー> 

 ○1875年からは音楽理論を学び始め、翌年には《祝典行進曲》を書いた。早くからハンス・フォン・ビューロに作曲と指揮の才能を認められる。当初は、有名なワーグナー嫌いでブラームス信奉者である父の影響を受けていたが、やがてリストやワーグナーらの作風に関心を抱き、交響詩的な作品を書くようになる。

 ○1895年からミュンヘン宮廷管弦楽団の主席指揮者を務め、1919年からウィーン国立歌劇場の指揮者となった。24年から創作に専念史始めるが、ナチス政権下では政治に巻き込まれることになる。戦後は再び積極的な演奏活動を始めるが、腎臓手術以来体力が衰え、心臓病も患って死去した。

ポイント

 ○宗教音楽を除くほとんどあらゆる分野の音楽を作曲し流麗な旋律と豊かな表現力が特徴である。クラウスやベームといった後輩に影響を与えるなど、指揮者としての功績も大きい。 

↑ 以上『クラシック音楽ガイド』(成美堂出版 2004) より

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↓ 以下『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂 2009 ) より

 

シュトラウス Richard Strauss[独]1864~1949

 ○ホルンの名手フランツの子。19世紀から20世紀にかけてのドイツの最大の作曲家。作品はブラームスの影響を見せるものから、やかてリスト、ワーグナー後継者として、交響詩、楽劇の分野で後期ロマン主義の極点に達すると同時に、新しい和声、巨大な管弦楽において、近代音楽の一つの方向をひらき、次の世代に多大な影響を与えた。

 ○指揮者としても活躍。第1次大戦後はややマンネリに陥り、ナチス時代にはドイツ音楽総監督の地位につくなどしたが、晩年はかつての栄光は見られない。

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2) ヨハン・シュトラウス2世 (Johann Strauss II)

<Profile>

 ○オーストリアの作曲家、指揮者。1825年10月25日ウィーン生~1899年6月3日同地没。

<幼少>

 ○同名の父(1804~49)はウィーンで絶大な人気を誇った作曲家・指揮者、ヴァイオリン奏者。音楽を職業とするを父から反対され、当初は銀行員になろうとしたが、音楽への夢立ち難く、父に秘密でヴァイオリン作曲を学ぶ。

<デビュー>

 ○1844年には自らの楽団を結成し、父と張り合うことになるが、46年には和解、父の死後二つの楽団を統一して人気を博したが、過労のあまり神経を病んだため、ヨーゼフ(1827~70)、エードウアル(1835~1916)という2人の弟と交互に式台に立つことにした。

<ポイント>

 ○ヨハン2世は父同様、ウィーン・ワルツの魅力を存分にたたえた曲の数々を作曲して演奏し、一世を風靡した。ヨーロッパ各地やロシア、アメリカへも演奏旅行に出かけ、宮廷舞踏会の指揮も務めた。私生活では3度結婚し、1899年に肺炎のため没した。

↑ 以上『クラシック音楽ガイド』(成美堂出版 2004)より

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↓ 以下『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂 2009 ) より

シュトラウス(2世) Johann Strauss (II) [墺]1825~99 

 シュトラウス1世の長男。1844年自らの楽団を組織しワルツを発表して成功。父の死後、その楽団を吸収。ヨーロッパ各地で演奏。ウィンナワルツの全盛時代を築き、<ワルツ王>とたたえられた。’63~70年宮廷舞踏会の指揮者。’71年よりオペレッタを手がけ、この分野ではスッぺとウィーンの人気を分かち合った。

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4066号 2023.2.1/hideki-sansho.hatenablog.com No.1106

白鵬が引退、宮城野親方を襲名 ~ ご苦労さまでした。これからも角界を引っ張ってください!

 

日刊スポーツ』(2023.1.29)で、以下のように報道されました。

白鵬 涙 マゲに別れ 宮城野親方横綱 大関 早く作る」 

 ○史上最多の優勝45回など、数々の記録を打ち立てた大横綱が、20年以上ともにしてきたマゲに別れを告げた。横綱白鵬宮城野親方(37)が28日、東京・両国国技館で引退、襲名大相撲を行った。

 ○力士の象徴であるマゲを切られた宮城野親方は、土俵に額をつけた。「横綱大関を1日でも早くつくって、再びファンの皆さんの前に帰ってくるという約束。そして感謝の気持ちを込めました」。

 ○今後は部屋持ちの親方として自身のように各界を引っ張る大関横綱を育てていく意欲を示した。

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羽ばたく 宮城野親方白鵬)ご一家

 新聞(日刊スポーツ)に写真入りで、素敵なお名前が報道されました。お子様全員の名前に「羽」がついてますね。羽ばたく(翔く)という思いでしょうか、いい名前ですね! 

 ○紗代子夫人、○長男:真人(まと)くん、○長女:愛実(あみ)さん、○次女:美紗(みしゃ)さん、 三女:真結(まゆ)ちゃん

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文・写真=Atelier秀樹

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『秀樹杉松』137巻4065号 2023.1.30/hideki-sansho.hatenablog.com No.1105