秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

坂研究メモNo.21:岩手県の坂(17) 浪打峠(坂)と末の松山〜 交叉層(国指定天然記念物)と歌枕(古今和歌集、後拾遺和歌集、百人一首)で有名な国の史跡

 

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「坂研究メモ」(岩手県の坂) を再開します。今回の調査研究で改めて詳しく知った「浪打峠(坂)」と「末の松山」について、書きとめることにしました。

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1)浪打峠(坂)

 

万治3年(1660年)の「八戸紀行」に浪打(坂・峠)の記載があり、元禄4年(1691年)の「奧羽道記」に浪打坂の記載が、元禄11年(1698年)の「奧羽永慶軍記」には波内峠の表記があるそうです(ウィキペディア ja.m.wikipedia.org による)。歴史のある峠(坂)です。

 

ネット検索すると多くの情報が出てきますが、先ずは岩手県一戸町HP (townn.ichinohe,iwate.jp)には、次のように簡潔に(そして控え目に)書かれています。

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浪打峠の交叉層国指定天然記念物

 

所在地:一戸字大越田、大道沢

指定年月日:昭和16年8月1日

浪打峠の交叉層は、奥州街道一戸宿から福岡宿の間、現在の二戸市と一戸町の境に位置しています。切通しの峠道の両側には美しい縞模様の貝殻を含む地層が露出し、波のように見えるため「浪打峠」の名がついたと考えられています。

交叉層とは、浅瀬の流動する水の中で砂が堆積する際にできる層のことです。浪打峠の交叉層は今から1500万年前、ここが浅い海だったときに堆積したものと考えられています。

古くから和歌に詠まれている陸奥の名所「末の松山」は、宮城県多賀城市の「末の松山」が第一の候補とされますが、一戸町の浪打峠を候補とする説もあります。そのため、明治天皇が巡幸された際には陸奥の名所「末の松山」の地として野点に選ばれました。

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2)末の松山

 

「末の松山」を知ってる方もおられるでしょうが、初めての方もいらっしゃる?

ネット情報「コトバンク」(kotobank.jp)には、以下のように出てきます。

『精選版 日本国語大辞典』の「末の松山」解説

 

(一)陸奥国にあった地名宮城県多賀城市八幡の宝国寺背後の丘陵地呼称とも、岩手県二戸郡一戸町二戸市とのにある浪打峠のことともいわれる。歌枕

 

古今(905‐914)二〇・東歌・一〇九三

きみをおきて あだし心を わがもたば すゑのまつ山 浪もこえなん(みちのくうた)」

 

拾遺(1086)恋四・七七〇

契りきな かたみに袖を しぼりつつ すゑの松山 浪こさじとは清原元輔〉」 

 

(二)謡曲。四番目物。廃曲。作者不詳。

都の貧しい夫婦が長旅の末、奥州末の松山で、二人の契りはあの松山を波が越えるまで変わらないと誓うが、翌日見ると波が山を越えていたので、二人の契りもこれまでと別れる。のち、夫はこの末の松山で心乱れてさまよっている妻に再会する。

 

[補注](一)の挙例の「古今」を踏まえ、末の松山を波が越すことなどありえないので、それを証として恋心の不変を誓うと詠まれる。

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<編註>

 

(一)の「古今」「後拾遺」の歌と、(二)の「謡曲」をあわせ読むと、よく理解できますね!

 

「末の松山」は、岩手県一戸町と宮城県多賀城市の両説があるそうです。

岩手県一戸町の広報 (http://townn.ichinohe,iwate.jp)には

 

宮城県多賀城市の『末の松山』が第一の候補とされますが、一戸町の浪打峠を候補とする説もあります」と書かれていています。「我が一戸の浪打峠こそ!」と我田引水してもおかしくないが、客観的に記述されていますね!

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ちなみに、宮城県多賀城市のHP(city.tagajo.miyagi.jp)には、以下のように書かれています(写真も)。

末の松山

 

ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すゑのまつ山 なみこさじとは

清原元輔(後拾遺和歌集

 

宝国寺の裏手、2本の松がそびえる丘が末の松山です。最古の勅撰和歌集である古今和歌集(延喜5=905年成立)に初めて登場し、以後みちのくを代表する歌枕として、多くの歌に詠まれました。

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末の松山の写真

宮城県多賀城市のHPhttp:// city.tagajo.miyagi.jpより)

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<編注2>

末の松山は、多賀城市八幡の独立小丘陵にある景勝地。2014年10月6日より「おくのほそ道の風景地」の一つとして、国の名勝にも指定された。

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<編注3>

NIKKEI STYLEstyle .nikkei.com歴史博士(エンタメ!)には、次のように書かれています。

「末の松山浪こさじ」

百人一首に残る1100年前の大津波の秘密

 

契りきな かたみに袖を 絞りつつ 末の松山 浪こさじとは

約束しましたよね。涙を流しながら。末の松山が浪を決してかぶることがないように、2人の愛も変わらないと。それなのに

 

子供の頃から慣れ親しんできた「百人一首」。だが、その成り立ちから1句1句に至るまでナゾも少なくない。変わらぬ恋心を暗示する「末の松山浪こさじ」もその1つ。平安初期、東北で起きた巨大地震貞観地震(1869)の記憶が刻み込まれているという。

 

百人一首42番作者は清少納言の父、清原元輔(908〜990)だ。(中略)

「末の松山浪こさじ」は、陸奥を代表する格調高い歌枕として百人一首ばかりでなく、古今和歌集西行法師、藤原定家ら多くの歌人に詠まれてきた。

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<編注4>

末松山:<まっしょうざん>と読む。多賀城市松山宝石寺の裏に小山を作った。ここには、連理の枝を模した相生の松があった。これは、また男女の恋・愛欲などを象徴する。なおこの地には、本の松山・中の松山・末の松山と三つの松山があったという。

山梨県立大学HP yamanashi-ken.ac.jp

 

『秀樹杉松』124巻3809号 2021.7.26/ hideki-sansho.hatenablog.com #849

東京オリンピックの開会式(2021年7月23日、国立競技場)。大坂なおみさんが聖火台に点火。長嶋茂雄さんも登場!〜私にとっては、2回目の「東京五輪」でした!

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2021年7月23日夜のNHKテレビ画面から 

 

第32回オリンピック(東京五輪)の開会式

が、昨夜国立競技場で行われました。コロナ禍のため、”TOKYO 2020 Olympics”は1年延期されて2021年開催となり、コロナ下での無観客の開会式でした。私としては、57年前を含めて2回目の「東京オリンピック」となりました。

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2021年7月23日夜のNHKテレビ画面から

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長嶋茂雄さんが、王貞治さん、松井秀喜さんと3人で「聖火リレー」で登場したのには、びっくりしました。そして、「お元気でよかった!」と思い、写真撮ろうと準備しましたが、間に合いませんでした。

<註>

長嶋さんは私と同年生まれの85歳。ただし、早生まれなので学年は1年先輩。

 

そこで、今朝の「朝日新聞14面(TOKYO 2020 Olympics)に掲載されている、3人のお写真をお借りすることにしました。↓

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(「朝日新聞」2021年7月24日朝刊から)

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最後に、聖火台に点火した大坂なおみ選手の勇姿は、なんとか撮影できたので、掲載します。 

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2021年7月23日夜のNHKテレビ画面から撮影

 

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3808号 2021.7.24/ hideki-sansho.hatenablog.com #848

内田樹 / 姜尚中『新世界秩序と日本の未来  米中の狭間でどう生きるか』を読む。タイムリーな書名と豊富な内容!

 

 

イムリーな書名の新刊書を新聞広告で知り、直ぐ書店に駆けつけて購入して読み始めました。書名に恥じない高度な内容でしたが、なんとか読み切り、随分と勉強になりました。私は政治学が専攻なので、久しぶりに胸のときめきを覚えました。読んで良かったです。

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内田樹 / 姜尚中『新世界秩序と日本の未来  米中の狭間でどう生きるか集英社新書、2021年7月21日刊)

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著者の内田 樹(うちだたつる)氏は、孫の名前に似ているので以前から親近感を覚えていました。書名は忘れましたが、何年か前に著書を読んだ時の感動は今も残っています。姜尚中(カン サンジュン)氏はお名前はよく見かけ、「何て読むんだろう」と思いつつも、著書は読んだことがありませんでした。

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今回お二人の共著(対談)を読めたことは幸運でした。本書奥付のプロフィールによると、姜尚中東京大学名誉教授、政治学者。内田樹神戸女学院大学名誉教授、思想家。Wikipediaによれば、内田氏は武道家合気道凱風館館長)、翻訳家でもあり、姜氏は熊本県立劇場館長、鎮西学院学院長でもあるようです。

姜、内田両氏はともに1950年生まれの71歳で、私より”一回り”以上も若い「働き時」の共著ですね!

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本書の構成は以下の通りです。

<序論>世界史を動かす舞台としての東アジア姜尚中

<第一章> 問題提起 ー 2013年以降の自民党政権で日本はどう変わったか

<第二章> アメリカについて考える

<第三章> 中国について考える

<第四章> 「新冷戦」の時代に世界はどう動くか

<第五章> 米中の狭間で、日本はどう生きるか

<あとがき>(内田 樹)

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書名と実際の内容も、まさしくタイムリーな名著だと思います。姜尚中氏と内田樹氏との集英社新書での対談シリーズは、これで三冊目なそうです(内田氏「あとがき」)。皆さんもどうぞお読みください!

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3807号 2021.7.20/ hideki-sansho.hatenablog.com #847

坂研究メモ No.20:岩手県の坂(16 ) ”梅雨あけ男” 85歳の誕生日

 

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◉いつも誕生日前後に梅雨が明けますが、今年は誕生日の二日前でした。そんな訳で、自己紹介は ”梅雨あけ男” にしました。85回目の誕生日の今朝は、6時から8時まで「シルバー就業」でした。朝から「日本晴れ」でしたが、今は白い雲が少し出ています。

 

◉さて、5月11日に立ち上げた「坂研究メモ」は、本号でNo.20に達しました。途中に他のカテゴリー(プロ野球、読書、うたごえ)を8回挿入したが、研究メモは3ヶ月間・20回におよぶロングシリーズとなりました。坂情報収集が一通り終了したので、このNo.20で一区切りとしますが、すぐに続きを再開するかもしれません

 

坂学会の「全国の坂コレクション」充実をにらんだ調査研究の一環でした。私が担当する「岩手県の坂」に関するネット情報と図書情報を、本ブログ『秀樹杉松』に逐次執筆投稿しましたが、もちろん厳密には ”個人研究” に属します。これを叩き台にして、「坂コレ」にまとめなければなりません。個人研究は ”楽しかった” が、坂コレは”頭が痛い”?

 

◉私の担当は岩手県福島県の2県の坂ですが、今回は岩手県中心となりました。手を広げすぎたようなので、福島県は担当から外してもらうか、時期を延ばしてもらう、ことにしたいと考えています。

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◉5月初めから3ヶ月余りかけて調査研究してきた、ネット情報と図書情報の収集を、以下に集約列挙します。

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1)図書情報の収集(デジタル資料を含む)

 ~ 国立国会図書館の蔵書

 〜東京都立中央図書館

 〜岩手県立図書館

 

「増補行程記:奥州道中」(新南部叢書:特装版) 

    / 清水秋全画・文;細井計編、1999東洋書院

 

「南部叢書」

 南部叢書刊行会により、1927年(昭和2年)から1930年(昭和5年)にかけて出版。岩手県を中心に、青森県秋田県の一部におよぶ旧南部領内の風土記、史料、地理紀行、詩文、伝奇、漂流記などの文献を収録(Wikipedia)。

 ⚫︎1巻 奥々風土記、鹿角由来記、増補盛岡砂子

 ⚫︎2巻 南部根元記、奥南旧指緑、志和軍戦記、聞老遺事

 ⚫︎3巻 阿曽沼興廃記、祐清私記、平泉雑記

 ⚫︎4巻 郷村古実見聞記、百姓一揆録、遠野古事記 

 ⚫︎5巻 邦内郷村史、邦内貢賦記

 ⚫︎6巻 真澄遊覧記、八戸紀行、盛岡紀行、奥州紀行、奥の紀行、東北遊、

      宮古紀行

 ⚫︎7巻 旧蹟遺聞、北奥路程記

 ⚫︎8巻 酉卒歌集

 ⚫︎9巻 二郡見聞私記、綿木塚の由来、九戸軍団記

 ⚫︎10巻 薬草御用書上

 ⚫︎索引

 

南部叢書収録の坂>(索引より)

 赤渕(7巻p.440)

   蘆名坂(7- p.451)

   ウトウ坂(7ーp.450)

   五豪坂(3- p.585)

 高源寺坂(1- p.445、5-p.18)

   白子坂(6ーp.26

   白坂(7ーp.452)

   寺坂(2ーp.189、6ーp.45)

   橡木坂(1ーp.131)

   鳥谷坂(1ーp.122、5ーp.55

   七折坂(2ーp.585)

   七曲坂(7ーp.434)

   長坂(7ーp.449)

 八夫坂(2ーp.585)

   半行坂(2ーp.585)

   府金坂(7ーp.162、170)

   松長坂(7ーp.111)

 松前(1ーp.134?)明神坂(7ーp.415,416)

   蓑ヶ坂(美濃ヶ坂)(1ーp.206,211,320、5ーp.49、7ーp.165,175、

      9ーp.18,20)

   物見坂(6ーp.16)

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岩手県「歴史の道」調査報告岩手県教育委員会文化課編)

 ⚫︎奥州道中

 ⚫︎奥の細道

 ⚫︎気仙沼街道

 ⚫︎今泉街道

 ⚫︎院内街道

 ⚫︎仙北街道

 ⚫︎平和街道

 ⚫︎秋田街道

 ⚫︎鹿角街道

 ⚫︎盛街道

 ⚫︎大槌・釜石街道

 ⚫︎宮古街道

 ⚫︎小本街道

 ⚫︎浄法寺・八戸街道

 ⚫︎浜街道

 ⚫︎久慈・野田街道

 ⚫︎沢内街道

 

「もりおか歴史散歩」

「北奥路程記」

「悠遊・楽観雑記帳」奥州街道24

奥州道中11日」

「盛岡観光情報 / 盛岡の歴史と文化」

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2)ネット情報の収集

 

坂学会sakagakkai.org

地名資料 IV 『坂、越、峠』kin-imai.com

坂道散歩8tagarasu.cocolog-nifty.com

 

奥州街道 坂道散歩8tagarasu.cocolog-nifty.com

 ⚫︎有壁宿→平泉

 ⚫︎平泉→水沢宿

 ⚫︎水沢宿→黒沢尻宿

 ⚫︎黒沢尻宿→石鳥谷宿

 ⚫︎石鳥谷宿→日詰郡山宿

 ⚫︎盛岡城

 ⚫︎盛岡城下→渋民宿→好摩宿

 ⚫︎好摩宿→沼宮内宿→御堂宿

 ⚫︎御堂宿→福岡宿→金田一温泉駅

 

峠データベースpdb.the-orj.org

岩手三陸・近世浜街道を往くkinsei.iwate.hamakaidou.jp

いちのせき市民活動センターcenter-i.org

もりおかの坂 - イワテライフ日記iwatelife.blog.fc2.com

FOURSQUAREja.foursquare.com

NAVITIMEnavitime.co.jp

ウィキペディアja.m.wikipedia.org

Googleマップgoogle.co.jp

一関市city.ichinoseki.iwate.jp

久慈市city.kuji.iwate.jp

宮古市city.miyako.iwate.jp

須賀川市city.sukagawa.fukushima.jp)

田野畑村観光情報vill.tanohata.iwate.jp

二戸市観光協会ninohe-kanko.com

山田町観光協会yamada-kankou.jp

紫波町観光交流協会shiwa-kanko.jp

福島の旅tif.ne.jp

アイヌ語地名考st.rim.or.jp

自転車保険jitensha-hoken.jp

日本写真紀行ブログhitosh.cocolog-nifty.com

レファレンス協同データベースcrd.ndl.jp

海水浴場百選water-pub.env.go.jp

ココログcocolog-nifty.com

Y! 知恵袋m.chiebukuro.yahoo.co.jp

いわけんブログ岩手県建設業協会 iwaken.or.jp

自転車・峠おやじtougeoyaji.ciao.jp

名字由来netmyoji-yurai.net

福島民友新聞minyu-net.com

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3)直接連絡をとった機関・団体

 

久慈市立平山(たいやま)小学校

久慈市教育委員会

いちのせき市民活動センター

○一関市教育委員会

紫波町観光協会

岩手県教育委員会

盛岡市教育委員会 

 

 

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3806号 2021.7.18/ hideki-sansho.hatenablog.com #846

大谷翔平、史上初のオールスター二刀流出場で、勝利投手に!

 

大リーグのオールスター戦での大谷翔平選手の大活躍を祝し、久しぶりで今日のスポーツ紙を買ってきました。「日刊スポーツ」の1~3面をご覧ください。

 

 

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3805号 2021.7.15/ hideki-sansho.hatenablog.com #845

「街道」と「坂」~坂研究No.19:岩手県の坂(15)

 

 

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今回岩手県の坂」調査が目的でしたが、「街道」の勉強にもなりました。街道には当然「宿」や「一里塚」などがあるが、古い時代には「名前のある坂」は少なかったようで、あまり出てきません。このことが分かったのも、今回の調査・勉強の収穫でした。

 

岩手県は南北に長く、かつ東西にも広い県で、県中央の南北には「奥州街道(陸羽街道)」が、太平洋岸通りにはを南北に「浜街道」が走っています。奥州街道の西には秋田との連絡街道が、東には浜街道への連絡街道があり、このほか斜めに走る街道もあります。昭文社の大型地図「分県地図 3 岩手県 」を買いもとめて、街道がいっぱいあるのに驚きました。

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文化庁が1978(昭和53)年から「歴史の道」調査事業を開始。目的は

江戸時代以前の古い道、運河等と、それに沿う地域の文化遺産を、周囲の環境を含めて総合的かつ体系的に調査するとともに、それらの保存整備を進めること」。

 

一里塚や宿の他は、神社、仏閣、城跡、石碑、部落、地蔵などの記述が多く、「坂」は対象外みたいな感じで、ごく一部しか採録されていません。(当時はもともと「名前のある坂」は少なかったのでしょう)

 

街道に見られる「坂名」はごく少数ですが、確認できた範囲内で掲載しました。現在どうなっているかわかりませんが、古い時代の記録ですので、大切にしたい。

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奥州道中

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第36集) 

 ○座頭ころがし、○二つ坂、○長坂、○牧太坂、○月見坂、○府金坂、○雀こ坂、○土堂坂

(註:既出の「坂道散歩 奥州街道」には、もっと多くの坂名が出てきます)

 

奥の細道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第37集)

 ○長たん坂、○大手口坂、○なら坂、○大門坂、○女殺し坂、○ひじまがり坂、○よしめき坂(吉目木)、○一塚坂、○ひX坂、○てしめん坂

 

気仙沼街道

  / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第40集)

 ○壇之外坂

 

今泉街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第41集)

 ○虎地ヶ坂、○道場坂、○竹本坂、○五輪坂、○長坂、○大森坂、○折坂

 

院内街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第42集)

 ○杭丁坂、○下真坂、○天王坂、○仏坂

 

仙北街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第43集)

 ○あどれ坂、○鬼坂、○飯坂

 

平和街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第44集)

(坂名なし)

「平和街道」の名から、もしかして戦後できた街道かと思いきや、さに非ず。「秋田県鹿郡横手駅より岩手県賀郡黒沢尻駅に達する道路」のことです (秋田県湯田町史料:明治15年)。

 

秋田街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第45集)

 (坂名なし)

 

鹿角街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第46集)

 (坂名なし)

 

盛街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第63集)

 ○蛤坂、○小枝坂、○長崎坂

 

大槌・釜石街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第64集)

 坂は○種戸坂のみで、峠が多い。→星山峠、馬越峠、磔峠、界木峠、和山峠、笛吹峠、仙人峠

 

宮古街道(閉伊街道)

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第65集)

 (坂名なし)

 

小本街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第66集)

 ○名乗坂、○早坂峠

 

浄法寺・八戸街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第67集)

 (坂名なし)

 

浜街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第76集)

 ○松ノ坂、○鳥谷坂、○両石坂、○古廟坂、○四十八坂、○吉里吉里

 ○月山坂、○板坂

 

久慈・野田街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第77集)

 ○長坂、○八坂

 

沢内街道

    / 岩手県「歴史の道」調査報告岩手県文化財調査報告書 第78集)

 ○長橋峠、○山伏峠

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<註>

以上の「歴史の道」には含まれないが、岩手県内には以下の街道もあります。

 ◉九戸街道 ◉登り街道 ◉沼宮内街道 ◉世田米街道 

 

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3804号 2021.7.14/ hideki-sansho.hatenablog.com #844

斎藤幸平『人新世の「資本論」』を読む。感動と驚嘆!

 

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斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書

 

◉新聞広告だったかな?この本に気づき、「変な書名だな」と思った。書店でこの『人新世の「資本論」』(斎藤幸平)を見つけた。今さら『資本論』もないかなとも思ったが、”2021新書大賞第1位”と、著者のプロフィールも確かめ、「久しぶりで真面目そうな本を読んでみようか」ということになりました。

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本書カバーより
 

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◉書名の人新世」がさっぱりわからないノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンが、人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」(Anthropocene)と名付けた、とあります(本書p.4)。

 

人新世(じんしんせい、ひとしんせい:Anthropocene)とは、人類が地球の地質や生態系に与えた影響を発端として提案された想定上の地質時代である。(ウィキペディア ja.m.wikipedia.org)

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◉中学か高校のころ習った「白亜紀」や「ジュラ紀」を思い出し、「地質時代」を検索したら次のように出てきた。

地質時代とは、約46億年前の地球の誕生から現代までの内、直近数千年の記録の残っている有史以前のことで、地質学的な手法でしか研究できない時代。

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◉難しいことはこの辺でおしまいとし、本書「はじめに」の結びの文章を紹介します。

「本書はマルクスの『資本論を折々に参照しながら、「人新世」における資本と社会と自然の絡み合いを分析していく」

「もちろん、これまでのマルクス主義の焼き直しをするつもりはない。150年眠っていたマルクスの思想のまったく新しい面を「発掘」し、展開するつもりだ」

「この「人新世の『資本論』は、気候危機の時代に、より良い社会を作り出すための想像力を解放してくれるだろう」

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最後に、各界諸氏の賛辞を紹介します。(本書カバーより)

 

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◉本書の著者:斎藤幸平氏は非常に若く、私とは半世紀の年齢差です。私から見たら、いや客観的に見て、「天才」にちがいありません!

 

◉何はともあれ、内容は高度ですが、わかりやすく説得力にあふれた文章です。私は完読して「よかった!」と感動を覚えました。あなたもどうぞ!

 

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写真:Atelier秀樹

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『秀樹杉松』124巻3803号 2021.7.12/ hideki-sansho.hatenablog.com #843