秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

谷沢川・等々力渓谷

 親川記:東京の川歩き (34)

 谷沢川・等々力渓谷   歩いた日:2013年6月30日  /  Atelier秀樹

 

 三日前の「丸子川」に続き、6月30日(日)は早朝から「谷沢川」を歩いてきた。谷沢川は世田谷区内を流れる、多摩川水系一級河川で、下流で「等々力渓谷」を通り、ゴールの300メートルばかり手前で、先日の丸子川と交差して、多摩川に合流する。

 丸子川(1)において、丸子川歩きに続けて「六郷用水」(跡)に足を延ばさなかったことを悔いた。ところが驚いたことに、今日の谷沢川歩きのゴールから六郷用水(跡)まではバスに乗れば直ぐにゆける距離にあることが分かった。残念無念と悔しがったものだが、三日後には念願が果たせたのだから、人生簡単に諦めることはないようである。

 

 

 田園都市線「用賀」駅下車。用賀駅の南端で高速道路が田園都市線と交差する。その直下が谷沢川に架かる「田中橋」。この田中橋から谷沢川の流れが始まる。ウイキペディアによれば、水源はここより北の桜丘の湧水と旧品川用水となっているが、埋め立てられて道路になっており、地図を見ても片鱗すら見えない。そこで、今回は用賀の田中橋を事実上の水源と見なし、ここから歩き始めることにした。

 高速道路直下の田中橋に行ったら、北(谷沢川の上流)川は暗渠にされて自転車駐車場になっていた。南(下流)川は開渠でコンクリートの水路を水が流れていた。谷沢川のスタートである。ただし川幅は狭く、川の両側はやはり自転車駐車場になっている。しかし駐輪場は直ぐになくなる。桜橋。高速の下の中央部分を谷沢川が流れ、両側歩道になっている。「用賀高架下広場」もある。

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 三角橋付近で高速線は左に曲がって南東に直進する谷沢川と分かれる。少しの距離だが、川の上にレールが被さる。玉川通と交差。レールが消える。

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 宇佐前橋。水流に赤っぽい汚れが見える。栄橋。橋の欄干に桜模様。川の両側は道路。歩道ではないので歩くのに注意が必要。上の橋。高山橋。やまぎわ橋。川の流れと両側を並走する道路(クルマと人間用)は続く。水槽に一杯入れた金魚が店頭に出ていたので思わずパチリ。富士見橋(駒沢通)。ハトが一羽流れのそばで羽を休めて動かないのでこれもアップで撮る。よく写っている。道路の傍らに花壇が設えられ、かわいい綺麗な花が何種類も咲いているのでパチリパチリ。(帰宅してから写真を見せて女房に名前をきくと、ベゴニア・マツバギクニチニチソウなど)。目の保養とはこのことか、暑い夏の日の川歩きに色を添える。

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 谷沢川は少し右に曲がって真南へ進む。丸山橋。川に置き石が。稲荷橋。学校が近い。左手に中町小と玉川中。弁天橋。日向橋。宮前橋(上野毛通)。自販機でリンゴジュース買って一服。母子が愛犬を繋いで店に入る。残された子犬が小生の方をチラチラ見るのでパチリ。

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   矢沢橋。谷沢川が蛇行を始める。地図見てもこの辺りから等々力公園までは

クネクネ。つまりここ以南は元々の流れのままか。谷沢川と矢沢橋。ヤの字違いが気になる。蛇行のせいかな、川岸の道路が何回か行き止まり、迂回をくりかさねばならず、地図だけではわからず、何人かの通行人に訊く。親切に教えてくれる。有難い。川への道かと入って行ったら、ここは私の家ですといわれビックリ。姫之橋。広い農園。野菜が一杯なので、遠景・近景でパチリ。中之橋。等々力通。玉川小、せたがや平和資料室

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 またまた行き止まり。完全に迷子。東急大井町線踏切わたる。何人目かに訊いた人が(川歩きの目的を話したら)、少し先に昼間だけ開いている小さな公園みたいなのがあるから、其処に入ってみたらどうかと教えてくれた。行って見たら入口に「中町一丁目広場」(中町1-16-10)(解放時間:8:30~17:00)の看板。入ったら谷沢川に架かるの橋(無名)がある。ここから川の流れに戻れるかなと期待。橋を渡ったら下に下りる階段。線路の下を潜ってきた谷沢川に再会。つまり此処は谷沢川と東急大井町線の交差点。鉄橋の真下から流れ出てきた流れなどをカメラに収める。このまま川沿いの道が続くのかと笹をかき分けて進んだが、やはり行き止まり。

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 だが、この広場を教えて下さった方には心から感謝。やはり人に尋ねて教えていただくのが大切であることを実感。権蔵橋。中町どんぐり緑地。地図では「渓谷橋」があるが、完全に閉ざされているのか発見できず。帰宅後地図を細かく見たら、左岸川の迂回路からなら行けそうだが、その時小生は右岸を歩いていた。何しろ地図見ながら、迂回路を右岸にしたり左岸にしたりめまぐるしく変更したが、眼鏡をかけても細かい地図はよく見えない。

 そこで通行人にきいたら、直進後左折して行けば「ゴルフ橋」だ。ゴルフ橋は渓谷橋の下流だから、これで渓谷橋は諦めた。もう一度地図見たら、ゴルフ橋は等々力渓谷の入口に架かっている。

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 たどり着いたら樹木が繁っていて、渓谷の雰囲気。日曜日なので老若男女でっぱいだ。橋の下の渓谷を歩いている人達が見える。いよいよ、階段をおりて渓谷に足を踏み入れる。渓谷を流れているのが谷沢川そのもの、渓谷をつくったのも谷沢川の流れと何かに書いてあった。今日撮った写真をパソコン(MacBook)とiPadに取り込んだら全部で400枚以上あったが、等々力渓谷で写したのが65枚もある。それだけ撮りたい箇所が多かったということ。一々書いたら切りがないので、詳細は写真にゆずり、何点かの項目を書き留める。

 

 等々力渓谷

 入口に「等々力渓谷入口」「等々力渓谷公園」の看板。等々力渓谷の水は、雨が降ると急に増える場合があるので要注意、のお願いも。今階段を下りた人達だけでなく、若いカップル・親子連れ・仲間同士など、向こうから歩いて来る人も多く行き交う。渓流と狭い遊歩道が続く。これに被さるように大きな樹木も。深林幽谷とはこんな感じか。

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 等々力渓谷案内図おもいはせの路(国分寺崖線散歩道)の地図等々力渓谷の湧水。稚児大師像(弘法大師の幼いときの)と解説板。不動の滝。都教育委員会の「東京都指定名勝等々力渓谷」の立派な掲示板。

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 写してきた写真で文章を読むと、「等々力渓谷国分寺崖線:ハケ)の最南端に位置する約一キロメートルの都内唯一の渓谷である。谷沢川が国分寺崖線に切れ込んで浸食したもの」、「国分寺崖線の湧水である不動の滝」とある。

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 聞き慣れないハケ(国分寺崖線)。ぼんやりは知っていたが、例のネットに伺いをたてる。武蔵野台地(荒川と玉川に挟まれた広大な台地)には河岸段丘が見られる。段丘の縁端は段差数メートルの崖になっており、武蔵野方言でハケとかママと呼び、学術用語では延々と続く崖の様子を「崖線」(がいせん)と呼ぶそうだ。崖線(ハケ)には立川崖線・国分寺崖線・北部河岸段丘があり、国分寺崖線の最南端が等々力渓谷。谷沢川が等々力渓谷を造ったと読んだ記憶は間違いなかった。崖線という学術語はもとより、ハケは何のことかさっぱり分からなかった。

 りけんの橋。階段を上れば等々力不動。途中に「役行者神変窟」。神変大菩薩。上りきったら不動本堂。参拝。一角に「恋ほたる/風のふし目に/光けり:喜寿・白雲」の石碑。白雲とは誰? 喜寿の誼みでしばし佇む。休憩所があり其処から渓谷が見下ろされる。眺めはなかなかの絶景。

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 ○長かった等々力渓谷の見物がやっと終わり、残り500メートル位になった谷沢川を南下する。矢川橋。右岸が野毛、左岸が等々力、学生時代にちょっと住んでいたので懐かしい。最初は大井町線の駅名:九品仏(くほんぶつ)・等々力(とどろき)が読めなかった記憶が蘇る。いまこの『川歩記』書きながら改めて調べたら、九品仏とは九体の阿弥陀如来のことで、これが置かれている九品仏浄真寺(世田谷区奥沢)を九品仏と略称もする。そのお寺に近いから「九品仏駅」。新しい発見も加わった。大井町線開線前の昭和2~4年は、東横線の現「自由が丘駅」が「九品仏前駅」だったそうである。

 「愛染桜」。溝呂木家寄付のオオシマザクウラ。育ての親友紹氏の歌「われの身ははかなき露と消ゆるらむ/永久に咲きつづけこの桜木よ」が添えられていた。堺橋。丸子川と交差。三日前に通ったばかりのなので懐かしい。鴨がゆうゆうと泳いでいるので、パチリ。

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 行き止まりとなったので、迂回して谷沢川最後の流れを見る。多摩堤通の下を潜って多摩川に流れ込むのが窺える。階段を上り多摩堤通の向こう側へ出る。谷沢川は直ぐに多摩川に合流せず、100メートルぐらい流れた後にゴールする。合流点までの道はついてなく、生い茂る草や低木をかき分け可成りの危険?をおかして接近するが、それ以上は湿地で行かれない。諦めて戻り、思い切って迂回路を探す。多摩川に沿って少し歩いたら、二人の男が居る。何やらガラクタを収集してあちこちに置いてある。廃品回収?。合流点に行きたいので中に入ってもよいかと尋ねると「どうぞ」。合流場所に到着。念願の谷沢川が多摩川に合流する風景撮影に成功。お礼を言ってバス通り(さっきの多摩堤通)に出て、バスで終点の多摩川駅へ。200メートル位歩いて丸子橋の東(中原街道)に着く。

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                                                   (秀樹杉松 86巻/2443号)2017.10.3