秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

憧れ / ただ憧れを知る者だけが   行けわが想いよ、金色の翼に乗って

 これまで、「クラシック音楽への憧れ」で作品中心に想いを綴ってきたが、何か書き落とした気がしてならない。折角の機会なので、補遺篇(落ち穂拾い)のつもりで書き足したい。

 

  

 作曲家が作品を書く際に、詩人や文豪の作品に動機づけられたり、それに依拠した作曲をするケースが少なくない。ベートーベンの<合唱付き>は曲が素晴らしいことは勿論だが、第4楽章で歌われる歓喜の合唱が、シラーの詩「歓喜に寄すを原詞としているからでもある。シューベルト(1797-1828)も、歌曲「歓喜に寄す」を18歳で曲付けしている。

 「憧れ」

 歌曲王シューベルトは、次々と詩に作曲した。その中で、「あこがれ」(Sehnsucht)を6作も残している。

 ①シラーの詩による第一作は16歳で作曲し、

 ②ゲーテの作(17歳)、③コ-ゼガルテンの作(19歳)、④マイヤーホーファーの作(Mayrhofer:英語読みマイルホーファーと訳している本もある)の作(19歳)、⑤シラー作の二作目(24歳)、⑥ザイトル作というように、6つの「あこがれ」を作曲した。

 若い情熱家シューベルト自身の“音楽への憧れ”に託して、作曲したのであろう。シューベルトは、シラー(Schiller:1759-1805)のほか、自分より48年前に生まれたゲーテ(1749-1832)、10年先輩の友人マイヤーホーファー(1787)の詩に作曲した。

野薔薇」「魔王」「ただ憧れを知る者だけが」「君よ知るや南の国」「さすらい人の夜の歌」はゲーテの詩、「冬の旅」「美しい水車小屋の娘」は3年先輩のミュラー(1794-1827)の詩だ。詩人、文豪の作品に共感・感動して次々に作曲して名曲を残し、「歌曲の王」と讃えられている。31歳での夭折は本当に無念だ。心から、“泣くなシューベルト”を捧げたい

 井上辞典で調べると、シベリウスR.シュトラウスシューマンブラームスも「あこがれ」(詩人は違うが)を作曲している。芸術家は魅力的な“言葉の魔力”に弱いかも

 「ただ憧れを知る者だけが」

 ゲーテの長編小説「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」の登場人物・ミニョンが作中で歌う「ただ憧れを知る者だけが」Nur wer die Sehnsucht kennt に作曲も急増した。単語の「憧れ」だけでなく、憧れを含む歌詞が何とも言えない魅力に満ちている。

ただ憧れを知る者だけが/わたしの苦しみをわかってくれるのです

あらゆる喜び、幸せから隔てられ/私ははるか遠くの青い空を見つめています

 先ずシューベルトが1815年(18歳)に「憧れ『ただ憧れを知る者だけが』」第1・2作を、翌年には第3・4作を作曲している。シューマンは、ゲーテの「ヴィルヘルム=マイスターによるリートと歌およびミニョンのためのレクイエム」3で、チャイコフスキーは6つの歌(作品6)6で「ミニョンの歌」を作曲している。

 「君(よ)知るや、南の国」

 ミニョンの歌のもう一つ「君(よ)知るや南の国」Kennst du das Landの作曲も多い。シューベルトが1815年、シューマンが1849年、ヴォルフ(1860-1903)は「ゲーテ詩集」9「ミニョン」で1888年に作曲した。グノー(1818-93)と並ぶロマン派歌劇のトマ(1811-96)は、1866年に歌劇「ミニョン」を作曲し、劇中の「君よ知るや南の国」は人気を博したそうだ。

 シューマンの「詩人の恋」「リーダークライス」はハイネ、「ミルテの花」はリュッケルトの詩に作曲し、マーラーの「大地の歌」は、中国の李白などの詩によって書かれている。以上少し挙げたにすぎない例でも分かるように、音楽と文学作品との関係は密接である。

 「行けわが想いよ、金色の翼に乗って」

 さて、「行けわが想いよ、金色の翼に乗って」は、本によってタイトルが若干違う。「想い」と「思い」があるが、それぞれのオモイがあるから致し方ない。また、「金色の翼」と「黄金の翼」の両訳がある。どちらにせよ、原題は Va! Pensiero, sull'ali dorateである。いわゆるバビロン捕囚を描いた、ヴェルディの歌劇「ナブッコ第3幕で歌われる合唱のタイトルである。“バビロン捕囚”は「古代イスラエル民族のユダ王国新バビロニア王国によって制服された際、多くの住民がバビロンへ強制移住させられた事件」(「大日本百科全書」)のことで、旧約聖書に書かれている。

 バビロンに幽閉されたヘブライの捕虜たちが、祖国への憧れ・望郷の念・神への祈りをこめて、必死に歌う厳かで力強い合唱である。祖国独立を求めるイタリアの愛国運動を鼓吹し、第二の国歌としてイタリア人が愛唱する曲だが、ヴェルディのオペラが大好きな小生の魂をも揺さぶる。(「クラシック音楽への憧れ」)

                   (秀樹杉松 82巻/2377号)