秀樹杉松

祖父と孫、禾と木、松と杉

美しく青きドナウ / 美しき碧きドナウ

 ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の代表的なワルツは、最近の標題に合わせて「美しく青きドナウ」を使ってきた。だが以前から、オレたちの生徒の頃は確か「美しき」だったような記憶が残っていた。もう一つは、「青き」ではなく、ちょっと違う字ではなかったかと思っていた。今こうして外国音楽のタイトルを俎上に乗せた序で調べてみた。

 

 先ず「美しき碧きドナウ」でネットを検索したら冒頭に「美しく青きドナウではありませんか」と出て、真っ先に「美しく青きドナウWikipedia」が表示された。つまり統一しようとしているのだ。だがそれに続けて、YouTube-「美しき碧きドナウ」が二つ出ている。その後には、「美しく青きドナウYouTube」も出てくる。

 探していたのは「美しき碧きドナウ」であり、昔は?間違いなくそう書き、そう呼ばれていた。先ず色合いが気になるので、小学館国語大辞典に当たったら、」は「本来は黒と白との中間の広い色で、主に青・緑・藍を指す」とあり、「碧」は出てこない。なるほど、交通信号は緑っぽくても「青」という。確か、早稲田の応援歌は「紺碧の空」なので、「紺碧」を調べたら、「黒みがかった濃い青空」とある。

 更に「碧」は「あおみどり色。ふかい青色」とある。青いドナウより碧いドナウが小生のイメージにピッタリだ。漢字制限で碧が青となったのだろう。それに、色の区別にもこだわらない風潮もある。それにもう一つ不思議なことは、美しき青き」と「美しく青き」では、ニュアンスが違うように思えるのに、何故最近は後者なのかよく分からない。小生は前者が気に入っている。「強い逞しい男」か「強く逞しい男」か。

  因みに最新のWikipediaには、次のように書かれている。→

 「当記事では邦題を、「ヨハン·シュトラウス2世作品目録」(日本ヨハン·シュトラウス協会)に従い、美しく青きドナウ」を正式のものとする。「美しき青きドナウ」とも表記され、また「青」ではなく「碧」という漢字が用いられることもある

   邦題は、An (英語のbyに相当) を無視したもので、正確に訳すと美しく青きドナウのほとりに」といった題になる。原題と異なる邦題が定着しているのは、日本だけでなく、例えば英語圏ではThe Blue Donau (青きドナウ)となっている。」

  つまりは、小生が記憶している「美しき碧きドナウ」は、その頃の呼び名であったことは間違いないことが証明された。やっぱり、なるほど、の気持ちである。

 「美しき碧きドナウ」は An der schõnen,blauen Donau の訳で、「美しき」ドナウ川、「碧き」ドナウ川が主題だ。井上辞典によれば、普仏戦争敗北後の沈滞した空気から立ち直るための曲として、合唱協会指揮者のヘルベックから依頼されたヨハン・シュトラウス二世が、1867年にK.ベックの詞に作曲し、ウィーン男声合唱団に献呈したとある。

 ドナウ川は「ヴォルガ川に次ぐヨーロッパで二番目に長い大河。ドイツ南部の森林地帯(黒い森)に端を発し、概ね東から南東方向に流れ、東欧各国を含む10カ国を通って黒海に注ぐ重要な国際河川」(Wikipedia)。日本最長367㎞の信濃川(信濃川千曲川)の8倍にあたる2,860㎞に及ぶ大河だ。イヴァノヴィッチドナウ川のさざ波」が小生の愛好曲だ。

 

  「ドナウ」/「ドナウに」/「ドナウのほとりに」

 小生は「美しき青き」か「美しく青き」か、更に「青」か「碧」かに言及し、「美しき碧きドナウ」が好きだと告白した。なお他にも「美しき」を「麗しき」、「碧」を「」と訳す例も散見される。だが問題は未だある。井上辞典では「美しく青きドナウに」となっている。ドイツ語原題のAn der schõnen , blauen Donauの anは英語の on,byに相当するので、「ドナウ」よりは「ドナウに」が訳としては正しい。(但し、直訳・意訳、文語・口語の違いはある)。

 因みに、シューベルトの歌曲のタイトルは、次のように訳されている。

 An den Frühling(春に寄す)、An die Freude(歓喜に寄す)、An die Sonne(太陽に寄す)、An den Mond(月に寄す)、An eine Quelle(泉に寄せて)、・・・。ヨハン・シュトラウス二世の歌曲にも、An die Nacht(夜に)、An der Wolga(ボルガ川のほとり)がある。メリハルには、An der Donau , wenn der Wein blüht.(ドナウの岸辺に葡萄は実り)がある。

  外国語の「前置詞」(ここではドイツ語のan=英語のon,by)の邦訳は難しそうだ。いずれにしても、単なる「ドナウ」よりは「ドナウに」や「ドナウのほとりに」が訳語としては妥当だと思う。だが、「ドナウ」が一人歩きを始めたにはそれなリの事情もあろう堀内敬三ではタイトルが「美しき蒼きドナウ」で、詩文では「美わしい藍色のドナウの水・・・」となっている。ネットの相談箱にも質問が寄せられ、口語では「美しい青いドナウ(川)のほとりで」、文語では「麗しき青きドナウのほとりにて」がベストアンサーに選ばれている。

 

「夏の夜の夢」 

 有名な「結婚行進曲」が含まれるメンデルスゾーン真夏の夜の夢は、最近は「夏の夜の夢」と訳題されるようになった。Midsummerの直訳から長い間「真夏」と呼んできたがMidsummerは真夏・盛夏の意味もあるが、一般的には夏至(日本では梅雨期)を指すので、うだる暑さの真夏よりは、単に「夏」と呼ぶのが適当だとの理由による。1949年発行の岩波文庫では既にその訳題になっているとのこと。しかし、古くから「真夏の夜の夢」の愛称で親しまれてきた事情もあり、そのまま使う人もいる。小生はその点を考慮し、本稿では「(真)夏の夜の夢)と表記しておいた。

 

ドヴォジャーク

 本文でも書いたが、日本では「ドヴォルザーク」又は「ドヴォルジャーク」と書かれるのが一般的だが、発音的には「ドヴォジャーク」が近いという説に基づいてそう表記する人も出てきたので、小生は「ドヴォジャーク」を採用した。メンデルスゾーンでは「夏」説をとるウィキペディアは、ここでは「ドヴォルザーク」説に立ち、「なお、チェコ語の発音に近いドヴォジャークの表記が用いられることもある」と記している。

(「クラシック音楽への憧れ」)

                          (秀樹杉松 82巻2378号)